善意

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復活ノート

「善意」
先日、横浜市で、踏切内で倒れていた老人を助けようとした女性が亡くなるという事故が起きました。それを見ていた女性の父親や家族は、どんなに悔しいことかと思います。
どうやらその老人は自殺をしようとしていたようですが、女性の母親は、「老人のケアをしっかりしてください」いうコメントを述べていましたが、ほんとに気丈な両親です。
その後、政府が表彰したり、その反発があったりと、その反響は終わっていないようです。
ただ、鉄道関係者が言っていましたが、「この時期なので(女性の行為が賞賛されている時期)、言いにくいが、まず緊急ボタンを押してください。そうすれば、電車は止れるかもしれないので」とのことでした。
しかし、老人をとりあえずレールとレールの間に動かしたという女性の献身的な行為は人の心にいつまでも残ることでしょう。
10年前の新大久保駅でも、線路に落ちた人を助けようとした日本人カメラマン、韓国人留学生の3人が亡くなりましたが、あのときも、落ちた人は酒を飲んでいたようですが、自分の行為が他の人に影響を与えることがあるということを忘れないようにしなければなりません。それが社会です。
「通りががり事件」の犯人は、たいてい「誰でもよかった」などと言いますが、社会は悪だという考えが頭の中に出来上ってまったのでしょう。
冷静に考えたら、善意がなければ、人と人は結びつかないので社会は成りたちません。それを信じるか信じないかですが、信じるほうが、幸福な人生を送ることができるはずです。
さて、見知らぬ人から、「4人家族です。家賃3万円しか払えませんが、2,3年部屋を貸してくれませんか」とか「1年で結構ですから、4才の子供1人を預かってくれませんか」という手紙が来たら、OKを出す人はいるでしょうか。
まちがいなく社会の役に立ちたいという人は山のようにいます(先日も、7000万円を震災にあった岩手県大槌町に寄付をされた女性がいました)。
ビジネスでは、「お客様のために」と言いながら、せっせと会社の利益を考えているのがほとんどです(どんなに大企業でも)。
たとえば、MNP(mobile number portability) というのがあります。ご存知のように、他社の携帯電話に変えても、同じ電話番号を使えるシステムですが、あれも、相当消費者の足元を見ていますね。まるで違約金商売です。
それがビジネスだと言えばそれまでですが、「善意」を隠れ蓑にしたビジネスを見抜かなければなりません。
こちらがビジネスをするときも、正当な金額を設定しなければなりませんが、何かを隠れ蓑にすることは致命的なことになる場合があります。客はちゃんと見ています。
そして、世の中には善意があふれているのですから、それに応えることが長続きする唯一の方法なのです。