今日この頃

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「今日この頃」
最近はコーヒーを作るとき粉を嗅ぐ。「おお。ええにおいや。そして、コロナやない」と安心するわけや。
町中で心配になったら、前を歩く娘さんの髪の毛を嗅ぐ。ウソやで。髪の毛ゆうたら、横浜のどこかの駅のエスカレーターで、前に立っている娘さんの髪の毛を舐めた若い男が捕まったことがある。また、どこかのマンションの駐輪場に止めてあった女子高校生の自転車のサドルをぺろぺろ舐めていたおっさんがいたそうな。
そんな気色の悪いことはどうでもええけど、去年コロナ、コロナと言いだした頃は、嗅覚や味覚の障害が出ることはあんまりゆわれなかった。
阪神の藤浪が、「においが分からへん」とゆうたので注目された(肉もゴムをしがんでいるみたいなそうな。もったいない)。
医者も、「そうゆう報告がヨーロッパにあるが」とゆう程度やったが、感染者が増えたためか、嗅覚や味覚の異常がどんどんゆわれるようになった(もちろん、肺炎が一番怖いし、回復しても、あちこち後遺症が残るのも難儀や。歩けなくなることもあるらしい)。
今年は2年目やけど、3,4月にまたピークが来ると警告する専門家もいる。オリンピックどころか、gotoもあやしいで。「緊急事態」の効果が認められたら、今のうちに、店にきっちり保証する制度を見なおすしかないやろ(アメリカに「よいしょ」するために買う一機何百億円もするジェット爆撃機を辛抱したら何でもないはずや)。
その間に、中小企業はどんどん廃業し、その社員も路頭に迷っている。ほんまに気の毒や。
ぼくは年金生活者なので気楽なもんやけど、コロナで生活が変わったか考えた。
昔から、「おまえになんぼええもん食わしても、まったく味がわかってへんな」とゆわれつづけてきたぐらいやから、元々味覚は鈍いほうや(嗅覚はそこそこあるが)。
それに、友だちがいないから、誰かと密になることはないし、大声で話すこともない。
当然誰かが誘いに来ることもないので、外に出ることも少ない。家におっても、何でもめんどくさいので倦怠感はある。
つまり、ぼくの場合は、コロナ以前と以後はまったく変わらへん。コロナが消滅しても、同じ生活やろ。
しかし、感染しないに越したことはない。ワクチンも無料でしてもらえるそうやけど、ほんまはぼくら高齢者は後からでええ。医療従事者の後は社会でがんばっている人にがするべきや。コロナの後は、「戦後の復興」や。足腰がへたっているもんは役に立たへん。
ぼくの場合は有利な点がある。占いの血液型は信用していないが、「0型は感染しにくい」とゆう国際的な医学調査がある。ぼくら夫婦と子供4人ともO型や(しかし、それぞれ所帯をもっているので、連れあいや孫はわからんけど)。
ところが、コロナこのまま黙ってへん。昔から、「敵はさるもの。ひっかくもの」とゆうように、ひっかくところを変えてくる。向こうも必死や。いわゆる変異種ちゅうやつやな。今のワクチンが効かへんようになるかもしれへん。
今までのペストやインフルエンザのパンデミックを調べると、集団感染すると、向こうもやる気をなくすらしい。2,3年かかるようやけど。
それまでは「口のパンツ」とも言えるマスクをしっかりして、漏れのないようにしましょう。
マスクで困ったことは眼鏡が曇ることや。ぼくは度の入っていない眼鏡をしているけど(白内障と緑内障の手術をしたので紫外線防止ため)、曇るのはストレスになる。
ようやく鼻のところに防波堤のついたマスクを見つけた。それまではマスクをしているときはずっと息を止めていた(ウソやで)。
今まではマスクをしているときは麻生太郎のようにひょっとこみたいな口になっていたが、これからは口角を上げてやさしい人間になる練習をするつもりや。

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「今日この頃」2
「女は話が長いからめんどくさい」とかゆうて、日本だけでなく世界に恥をさらした年寄りがいる(そのことを何のためにゆうたか意味分からん。いらん子とゆうのは年寄りの特長やけど)。
「女は買いもんが長い」とでもゆうといたら、200万円の給料を失わんでもよかったにと笑われていた。本人はずっと無給とゆうていたが、そんなことはなかった。オリンピックの出入り業者からの献金は何千万円とあるそうな。何しろ、オリンピックのボスやからな。
それで思い出したことがある。ぼくは、25才から事業をしていたが、勲章を2回もらった義父とあちこち飲みに行った。
そこで商売の話をようしたが、女性の契約社員が2000人近くいたから、義父から、「ようやっているなあ。女はすぐ喧嘩するやろ」と同情されたことがある。
思い込みとか偏見とゆう言葉があるやろ(今は「バイアス」ゆう横文字でゆうことがある)。誰でも、大なり小なり、そうゆうもんをもっているが、一度経験したことを思いこむのは年令と関係ないかもしれん。
それは、個人的なものだけでなく、世の中、社会のものもある。こっちのほうが性質(たち)が悪い。それが正しいことになってしまう。
70年以上前、小学2年生のときの女の担任が、女子に向って、「男子を『君づけ』で呼ぶな」とゆうていた。
大学のとき、新選組の沖田総司(写真は残っていないそうな)似の優男(やさおとこ)であった高知の友だちが、「彼女が免許取りたいゆうているけど取るなとゆうた。女が車を運転することなどりえへん」ゆうていた(今はどうしているのやろ。嫁はんの車で病院通いしているかもね)。
最近どこかの教育委員会が決めた服装などの校則にクレームがついていたな(ブラック校則ゆうやつやな)。体操服の下に肌着を着るなとか、下着や靴下の色とか決めている。生理用品のこともあるらしい。
女教師が、「体操服の下に肌着を着ると汗で濡れるから」とかインタビューで答えていたが、自分の子供でもええのかな。
ただし、これは昔からある。学生服の下のワイシャツがズボンから出ていたら教師にえらい怒られた。
学生帽を斜めにかぶっていたら(「あみだにかぶる」ゆうやつやな)、上級生からどつかれた。
それで、今のおじい(ぼくも含めて)、シャツをズボンから出していると、それがおしゃれでも、どうも落ち着かへん。
「シャツイン」と笑われても、毛糸のセーターでもズボンに入れているおじいがいるのは相当怒られてきた歴史があるのや(昔は教師のゆうことはすべて正しかったからなあ)。
ぼくも、中学生のとき、叔母がミシン工場をやっていたが、「ジーパンを送ったろか」とゆうたけど、父親が、「あんな不良の履くもんを履くな」ゆうから、密かに送ってもらって父親がいないときだけ履いた。
世の中には無数の思い込みがあるから、人はそれをチョイスして生きていくのや。
男女差別もそれの一つで、今回、「女のくせに」とはゆわなかったけど、「(女は)空気も読めん」となったんやろな。
昔の思い込みが身体に沁み込んでいる年寄りを排除する「定年制」(国会議員など)の意図はようわかる。福島の復興で、60才以上は発言権がないと決めている地域がある。
年寄りも、「あほゆえ。わしらには経験がある」と思うのなら、何を思うていてもええから、発言は気をつけとあかん。
ええ訓練を思いついた。元首相やタレントで妙なことゆうやつを宇宙人とゆうやろ。
その宇宙人と話をするのや。UFOとか宇宙人のテレビ番組があるやろ。それで、「宇宙人はすでに来ていて。チャイナタウンで有名な新大久保をよう歩いている」とゆうとった。
免許でも、年寄りは敵性検査がある。昔のことが抜けん年寄りは、新大久保で宇宙人と知り合いになって、世界は広いとゆうことが分からんとあかん。

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