ユキ物語(16)

   

「ほんとにヘンな童話100選」の(229)
「ユキ物語」(16)
夕方の散歩には子供らがついてきた。おじいさんは車の行き来が激しい道から離れて山のほうに向かうことにしていた。山の手前には小さな川があったが、その土手沿いの道を散歩することにしていた。
子供らもそれのほうがよかった。道草をしながら歩けるからだ。車が通ることはめったになく、通っても野良仕事から帰る車ぐらいで、おじいさんや子供らを見つけると、わざわざ車から下りてきて、しばらくおじいさんと話した。
おじいさんも話好きだったので、散歩の途中で近所の人と話すのは何よりの楽しみのようで、話が終わるまで、子供らもおれもそこで待っていた。
普段は鳥の声や川のせせらぎ、あるいは、近くの竹藪を吹く風の音だけが聞こえる静かな場所であったが、おじいさんや子供らの話し声も別に耳障りではなかった。
みんな自然に包まれていることに満足していたからだろうか。ただ、近所の子供がついてくると、静かに考えごとをするのがしにくかったが。
ここで、おれはいつの間にか「ロッキー」と呼ばれるようになっていた。
おじいさんの孫である青年は山崎に何回も連絡を取ろうとしたのだが、まったく電話に出ないのでおじいさんの家族は困っていた。
しかし、すぐに山崎が引き取りに来るものだと思い、誰もおれの名前を気にしなくなった。
しかし、子供らはそれが我慢できないので、「ロッキー」と呼ぶようになった。
最初は違和感があったが、生まれてからおれはロッキーだと思うようにした。
「ロッキー、散歩に行くぞ」、「ロッキー、私についてきてね」という具合だ。
ある日のことだった。その日は学校で何かあったのか一人も子供がついてこず、おじいさんとおれだけが散歩に行った。
おじいさんも子供らがいないので気が楽になったようだ。
しばらくすると、おじいさんは川と反対にある竹藪に向かって止まった。おれは別に気にしなかったが、ちらっと見ると立ち小便をはじめた。
土手道では以前からおれの首からロープが外されていた。それのほうがおじいさんも楽だったようだ。
おれもそのへんをうろうろしながら、そのうちおじいさんはこっちに来るだろうと思っていたが、立ち小便はなかなか終わらなかった。
おじいさんの背中を見ていると、体がかっと熱くなるのを感じた。どうしたんだ?おれは自分にそう聞く前に体が勝手に動きはじめた。
おれは土手を川のほうに降りて浅い川を走って渡った。以前から分かっていた山道に入っていった。
おじいさんはおれが川を渡っているときにおれがいないことに気づいたようだ。
それからおれが川を渡っているのを見て、「ロッキー。戻ってこい。もう帰るぞ」と大きな声で叫んだ。
おじいさんがおれをロッキーと呼んだのは初めてだなと一瞬思ったが、おれは振り向くことなく、山道に飛びこんだ。
山道を登っているときも、おじいさんの声が聞こえた。ひょっとしておじいさんも、土手を下りて川を渡っているかもしれないと思った。おじいさんは杖がないと歩けない。どこかでこけていないか。それを考えると足が止まった。
今なら、少し遊んでいました。ごめんごめんという顔で戻れる。おれは迷った。
しかし、また心が決まる前に山道を登っていた。
しかし、おじいさんの叫び声はまだ続いていた。おれはおじいさんの声を振りきるように足を速めた。
道はだんだん狭くなり、足元に生えている草や落ちている木の枝で足がもつれた。
声が聞こえなくなったのを確かめて振り返った。少し暗くなっていておれが登ってきた道は分からない。心細くなった。おじいさんはまだおれを探しているののだろうか。
これは自分が選んだことだ。今更戻るのはみっともない。次にどうすべきか考えるだ。おれは自分にそう言った。その時ガサッという音がした。おれは体を伏せてそちらを見た。

 -