ユキ物語(17)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(231)
「ユキ物語」(17)
しかし、誰もいない。音もしない。時々風が木の枝を揺らすだけだ。
おじいさんに頼まれたものがおれを探しに来たのかと思った。逃げるものは神経質になるものだ。少しの音でもどきっとする。それなら、風が吹いたときに木の枝が落ちたのだろう。
かなり暗くなってきた。心細くなってきた。いや。そうじゃない。暗くなれば、おじいさんや家族がおれを探すことはあきらめるはずだ。暗くなることは好都合だ。おれは自分にそう言い聞かせた。
おれはぼつぼつ降りようとした。数歩歩いたとき、おれの前に白いものがあらわれた。
何だ!おれは飛び跳ねた。その拍子に木の株にぶつかってひっくりかえった。
慌てて体を戻した。
そいつを見るとまだ動かずにおれを見ている。おれの無様な姿を見ていたに違いない。
おれはこのまま山を下りようとしたが、何気なくそいつを見ると目が赤い。
おれの慌てようを見て涙が出るほど笑ったのか。
おれは威厳を取り戻すためにか、「おい、どうした。親のところに帰らないのか」と声をかけた。
しかし、何も言わずおれを赤い目でじっと見ている。それならそれでいい。おれは山を下りよう。急いでいるのだ。
そして、そいつの白い体をちらっと見たとき、足が真っ赤に染まっているのが見えた。
「おまえ、けがをしているのか。歩けるのか」と聞いた。
そいつは何か言ったがよくわからなかった。聞き直しても同じことだろう。どうしたらいいのだ。
山というものに初めて上ったので、ここはどういう場所か分からないのだ。
スタッフたちが話していたのを必死で思い出してみた。そこには、いや、ここにはクマやイノシシ、シカなどがいて最近は町中に出てくると言っていた。
山には食べものが少なくなってきたので山から出てくるというのだ。しかし、葉っぱはそれこそ山のようにあるではないか。好きな葉っぱがないのか。それとも、
肉か。おれは目の前にいる小さなものを見た。こいつは食べものだ。
ライオンやトラは日本の山にはいないだろうが、ほっておいたら誰かに食われてしまうのか。
おれはそいつをじっと見た。そして、「おまえ。このままなら食われてしまうぞ」と言ってやった。
やつはおれが声をかけるたびに、おれの近くに来た。もうおれの体にくっつくぐらいになっていた。
そいつを見ながらどうしようかと考えた。そして、こいつを狙う大きいものが入り込めないような穴でも探して、そこに入れておこうと決めた。それで、おれに仕事は終わりだ。
おれは、そいつに「穴を探そう」と言った。おれは歩き出した。そいつはおれについてきた。確かにひどい歩き方だ。一歩歩くたびに腹を地べたにこすりつける。
これでは、狙われたら一巻の終わりだ。
そう遠くまで行けない。おれは、そいつに、「ここで待て。近くを見てくる」と言って、一人で探した。
あいつから離れてはいけないし、真っ暗になってはいけなしと必死で探した。
ようやく長い草の間に古くて大きい切り株があった。まわりを見てみると、洞(ほら)があった。神のご加護だ。
おれはここを確かめてから戻ることにした。しかし、あいつがいる場所が見つからない。
おれは大きな声を上げて、あいつの返事を待った。何度か繰り返して、ようやくあいつの声を認めた。
そして、ようやくあいつを洞まで連れてくることができた。おれの仕事は終わったが、こいつを一人にしておけないような気がした。
古株なので、大きいものがどんと力を入れれば中まで入ることができそうなのだ。それで、今晩はここでこいつと過ごすことにした。
正直なところ、すでに山は暗闇に包まれてしまって、河原はどちらの方向かわからなくなっていたこともあった。

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