田中君をさがして(8)

   

それで、独身の鈴木さんは、ぼくの家によく来る。ぼくのことは、何でも知っているので、
ぼくが動揺しているのを感づいたかもしれない。
ママは、「悠太は、心が顔に出るわよ。パパにそっくり」と笑っていた。
鈴木さんが、ぼくがパパのことを心配していると思うようにと祈った。
「ところで」と先生が言った。
「はい」
「学校は楽しい?」
「はい」
「よかった」
僕は泣きそうになった。二人が、パパや僕のことを心配してくれているのがわかった。
妙なうわさが、町中に広がっているのは、ぼくにもわかっていた。
一月ほど前にも、学校へ行っているとき、後ろから、「小林」と呼びかけてきた者がいた。だれだかわかったが、振り返ると、やはり6年生の谷田だった。
「なんですか?」
「お前らは、ハメルーン親子だろう?夜遅くまで遊んで、眠たくないのかい」と、にやにやしながら聞いた。
隣にいた山下が、「谷田、ハメルーンってなんだ?」
「どんな意味か知らないけど、おやじが言っていた」
ぼくは、相手にせずに学校へ走った。
ぼくは、走りながら考えた。ハメルーン親子?ハメルーン?どこかで聞いたことがある。
これは、パパやママに聞けない言葉だろうと思って、その日、図書館で、グリム童話全集を開いた。前に借りたときとき、読んだ気がしたからだ。
それは、「ハメルーンの笛吹き男」という題の童話だった。
ハメルーンというドイツの町で、ねずみが、穀物を荒らし、町の人々は困っていた。
ある通りがかりの男が、「私が、ねずみを退治しましょう。退治できたら、お金をもらいます」と言った。
町の人々は、その男に頼んだ。男は、笛を吹きながら、町を練り歩いたら、たくさんのねずみが、ぞろぞろ、男についていった。
ところが、町の人々は、その男に、お礼をしなかった。男は、怒って、もう一度、笛を吹くと、今度は、子供たちが、ぞろぞろ、男についていった。
人々は驚いて、男に、約束どおり、おれいをしたという話だ。
それじゃ、パパは、町の子供たちを連れ出し、みんなを困らしたらしたというのだろうか。
パパは、一度だけで終わろうとしていたのに、みんなが、もう一回やろうと言ったのだ。
危険なので、大人がいなければと思い、パパは、ついていったのだ。
この前も、スーパーに行ったとき、どこかのおばさんが、二人で、パパのことを話していた。
「小林さん、会社がうまくいかなくなったので、あんなことをしたのかしら」
「人は、追い込まれると、急に変ることがあるからね」
パパ、町の人々に誤解されたのだ。
ぼくは、今まで青空だった空が、急に雨雲が広がったような気分になった。
どうしてこんなことになったのかよくわからない。

パパは、30年近く経営していた会社をやめた。
その2、3ヶ月前から、ぼくやのぞみが寝るころに、とても疲れて帰ってきた。
日曜日などに、ご飯を一緒に食べても、近寄りがたい雰囲気があったが、ママは、何事もないように接していた。
それが、ママのすごいところだ。
のぞみも、それを見習ったのだろう、パパが何も話しかけなくても、ネコのピカソといっしょに、パパの横にいた。
ぼくも、そうすべきだったのだろうが、できなかった。
そのころ、パパの会社のことが新聞に載っていたのを見た。
そこには、パパの会社が、不法滞在の外国の人を雇っていたので、警察が調べたと書いてあった
不法滞在とは、パスポートやビザを持たずに、外国で住んだり、仕事をしたりすることだ。特に、仕事をするのは、就労ビザというのがいるらしい。
今度、ぼくが、初めて作ったパスポートは、日本人であるという証明をする書類なのだが、ビザというのは、外国が発行する書類なのだ。
これは、今度の冒険で、少し体験することになった。
これは、その外国人たちが、パパの会社のお金を持ち逃げして、捕まったけど、警察で、パパが承知で、働いてもらっていたということだった。
パパが、そういう外国人を雇っていたのは、きっと理由があるはずだ。
パパは、これまで、お酒を飲むと、会社のことをよく話した。
長いこと続けてきた貿易会社を、今までなかった会社にするんだと言っていた。
貿易とは、ある商品を、輸入したり、輸出したりすることだけど、これからは、いろいろな国の人々を社員にして、その人の国に必要な物を、それが得意な国で、直接作ることを考えていた。
いくら安い物を、大量に作っても、資源は限られているのだから、有益な物を作るべきなんだ。
そもそも、国というものは、領土を広げてきた、人間の欲望の姿だ。そして、現在、それを守るために、多くのものを犠牲にしている。

 -