田中君をさがして(7)

   

それを、大人になっても、わからない人が、なんと多いことかと嘆く。
また、パパの話では、注意しなければならないのは、「見る」ということは、ひじょうにむずかしく、人によって、経験や洞察力によって、同じものを見ても、見え方が違うのだ。
だから、自分が持っている、物事(ものごと)は、こうだという「キセ-ガイネン」で、見ると、正しく見えないというのだ。
しかも、あせると、まわりが見えなくなって、大事なことを見失ったり、些細(ささい)なことが大きく見えて、正しい判断ができなくなるのだ。
パパも、よく、それをやってしまい、失敗したというのだ。
だから、どんなときも、正しい距離で、しかも、冷静な気持ちで見ると、心の中に、正しい判断の材料が届くことになる。
これは、成長するにつれて、わかってくるだろうとも言う。
また、「見る」ということは、もちろん、花や鳥だけでなく、悠太を誤解している友だちの様子を見ることも入っているとつけくわえた。
それでは、心は、どこにあるのと、ぼくは、苦し紛れに聞いた。
それはむずかしい質問だ。頭なのか、胸なのか、よく分からない。
パパの考えでは、心は、手にも足にもあるという意見を持っていると言ったが、ぼくは、これから、自分で探そうと思う。
とにかく、正しく見ると正しく心に入るということだ。
パパも、仕事がうまくいっていたら、見るということを、真剣に考えなかったかもしれないし、今も、充分見ることができるとは思えないと白状した。
パパの話を聞いていると、頭がこんがらがってきたので、
前にも言ったように、パパが話したときに、パパが話したとおりに書いたほうが、みんなに分かりやすいから、そうするつもりだ。
とにかく、パパの話では、考える前に見ることが大事なので、この数ヶ月、「キセーガイネン」を入れずに、正しく美奈子を見ていたら、あのつっけんどんな態度の奥で、太陽のようにキラキラ輝いた笑顔で、「悠太君、冒険がんばってきて」と話しかけているのか(もちろん、冒険に行くことを知っていたらの話だが)、あのまま「私には関係ないわよ」と、つっけんどんのままか、ちゃんとわかっただろうか。
今まで見たことの中で、一番辛かったのは、ママが、病気になり、入院したときだ。
何回か再発したが、最初の入院は、ぼくが、幼稚園に行っているときだった。
手術は成功したと聞かされていたけど、ママが寝ている姿を、ぼくが見ているのは、知らないところを、一人でいるような気持ちになり、とても悲しかった。
また、目を丸くして見て、すぐ目を伏せたのは、担任の吉沢先生の姿だ。
3年生の秋頃、当番になったぼくと富田が、実験の準備をするため、理科室に入ったとき、そこで、吉沢先生と2組の岡田先生が、抱き合って、キスをしていた。
ドアの音で、二人は、すぐに離れたが、ぼくらは、目を伏せることはできたが、足を動かして、逃げることができなかった。
これも、「見るべきほどのこと」に入れておこう。
ママとのぞみは、後で会えるから、今は「見ない」ようにしよう。
今度は、クラスの友だちを見た。田代、藤沢、吉野・・・・。

ようやく、美奈子を振り払い、友だちを見た。「見た」といっても、体のどこかにある心に映ったのだ。
しばらくすると、吉岡先生の顔が出てきた。
吉岡先生は、ぼくのかかっている歯医者だ。しかも、パパとママとも仲がいい。
ぼくより、一つしたのあみという女の子がいるが、先生は、離婚しているので、しつけのことで、ママに相談をしている。
その子は、のぞみと仲がよいので、ぼくの家によく来る。
ところが、今度のことで、困ったことがあるのだ。吉岡先生との約束が守れそうにないことだ。
しかし、「見るべきほどのことを見つ」で、先生の顔をじっと「見た」。
すると、先生が話しかけてくる。
「お父さんは、いまどうしている?」
「何か、じっと考えているようです」
「ぼくが、会いたいと言っていたと伝えてくれないか。ところで、悠太君、今度の日曜日、時間があるかい?」
「ええ、ずっとあいています」
「それじゃ、久しぶりに釣りでも行くか」
「お願いします」
「朝7時に、家に来てくれないか」
「わかりました」
しかも、ぼくは、来週に治療の予約をした。仕方がない。パパは、誰にも黙っているように言ったんだから。
ぼくは、まずいことになったなと思ったが、頭のいい吉岡先生のことだから、口ごもると、何かを感じて、聞き出してくるかもしれないと思った。
それで、急いで,承諾したのだ。
先生と話をしている間、助手の鈴木さんが、治療の道具を、台にそろえていた。そのとき、彼女と目が合ってしまった。
先生も、鈴木さんも、大きなマスクをしているから、二人の目が、いつも以上に、ぼくを見ているようで、ドキドキしてしまった。
鈴木さんは、ママと親しく、同じコーラスグループに入っている。ママは、病気で、高い声が出にくくなっているが、どうしても、みんなと歌を歌いたくなったので、鈴木さんのグループに入れてもらった。

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