シーラじいさん見聞録

   

マイクとジョンが主にオリオンを見て、3人の助手は交代で以前からいるイルカを見ることにしたが、すぐ親しくなった。
このような事態になったので、多くのスタッフがここを去らざるをえなくなったが、お互い、専門の海洋学を続けられることを喜びあったのである。
自分たちの将来ははどうなるかはわからないにしても、自分の研究を話すことによって、人間関係がさらに深まっていったが、マイクとジョンは、オリオンについては注意深く話をした。
今後、オリオン、そして自分たち二人は、アムンセン教授の後ろ盾があったととしても、大学側の判断で処遇が決まるので、当分ここにいることができるのか、すぐにここを離れるかわからないからである。
それに、オリオンは心配ないが、前からいるイルカがオリオンを避けよとすれば、また状況が変わるのだ。今はあたりさわりのない話に終始せざるをえないのだ。
助手が離れたとき、二人はオリオンに、「どうだ?」と聞いた。
「あの2頭のことですね」オリオンは笑顔で言った。「大丈夫です。最初は同じ仲間なのに、ぼくを避けていましたが、こちらから近づくようにすると、かなり警戒心がとけてきましたよ。なかよくなるのにはもう少し時間がかかりますが」
「それなら心配ないな。きみも聞いていたと思うけど、教授はそれを心配していたので安心したよ」
「しばらくがんばってくれよ。落ちついたら、教授にきみの希望を話すよ」ジョンも言った。
オリオンは、ここにいるかとのことは、慌てることはないが、少し急いだほうがいいかもしれないと考えた。翌日から、少しずつ近づくことにした。
とりたてていやがっていないと判断して、「ここは長いのかい?」と声をかけた。
2頭は、どうしようかというふうに、お互いの顔を見た。オリオンは、そのまま通り過ぎて、何回か近づいたとき、「早くみんなのところに帰りたい。きみらもそうだろう?」と声をかけた。
今度は、2頭がうなずいた。オリオンは少し近づいて、「どうしてここに連れてこられたの?」と聞いた。
1頭がオリオンのほうを向いて、「どうしてだかわからない。思いだそうとすると、体が震えるんだ」と辛そうに言った。
オリオンは、「ごめん、ごめん。何か嫌なことがあったんだね。もう聞かないから心配しないで」と謝った。
「ありがとう。きみがみんなのところといっているけど、ぼくらも、みんなを思いだそうとしても、まったく思いだせないんだ」
「いいんだよ。もし仲間がいるところがわかれば、早く帰れると思っただけなんだ」
「そんなことができるのか?」
「まちがいないとは断定できないが、ぼくなりに、できることはやるつもりだ」
「きみは誰なんだ」
「ぼくはオリオン、いや、長い間こういうところにいるイルカで、大勢のニンゲンとも親しい。それに、昔の仲間とも連絡がつくので、詳しいことがわかると思ったんだ」
「わかった。しばらく時間がかるけど、仲間を思いだすようにする」
「無理しないで」
翌日からは向こうから話しかけてくるようになった。オリオンは、話を聞いても、「それから」とせっつくことはしなかった。
それに、口から出る話はあまりにも凄惨で、よく生きのこったものだと思えるものだった。
話が進むにつれて、体が硬直するようになるので、交代で話を続けた。オリオンは、「今日はもういいよ」と何度も口にした。
しかし、翌日には、また話をはじめるのだった。まだ話しおわっていないが、家族や仲間と平和に暮らしているとき、今まで見たことのないようなものがあらわれて、次から次へと襲いだしたようである。
しかし、誰も抵抗することなく、ほとんどのものが殺されていった。幸い数頭のものが襲われる前に、血まみれで浮いている仲間の下に隠れることができた。
その次どうしたかどうしても思いだせないので、もう少し待ってくれというのだった。
オリオンは、「思いだせないときは話さなくていいよ。これからのことをみんなで考えようよ。幸いここのニンゲンはきみらが元気になったら海に戻そうと言っているんだから」と慰めた。
数日後、教授が真剣な顔で二人に言った。「もうそろそろなかよくなったかと期待していたんだが、最近、先輩のイルカの様子が少しおかしいと報告があったんだが、どうだろう?」
マイクとジョンは少し心当りがあったので、「教授、大丈夫ですよ。オリオンは、もう少しで2頭は元気になると言ってくれています」
「オリオンが言ったって!」教授は思わず叫んだ。
2人は顔を見合わせた。幸い助手は誰もいなかった。マイクが意を決したように言った。
「教授、挨拶が遅れましたが、教授に紹介したいものがいます」
「それはいいが、どこかに行くのか?」
「いえ、ここでです」マイクは静かに答えた。その間に、ジョンがオリオンを呼んでいた。
「オリオン、きみが会いたかったアムンセン教授だ。教授もきみのことを大事に考えてくれているから、ぼくらも安心だ」
アムンセン教授は、何事が起きるのかという顔で、オリオンと、マイク、ジョンを見た。
「アムンセン教授、オリオンと申します。事情があったとはいえ、挨拶が遅れたことをお詫びします。どうぞよろしくお願いします」オリオンは、教授の前で丁寧にあいさつをした。
教授は直立不動のままだった。そして、「完璧だ!」と独り言のように言った。
「はい、オリオンはきれいな英語を話します。目をつぶって話をすれば、生粋のイギリス人とまちがうほどです」マイクが説明した。

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