シーラじいさん見聞録

   

カモメの仲間は増えつづけていた。シーラじいさんたちについてきた10羽のカモメは、見張りを続けながら、途中出会ったカモメに声をかけた。「ニンゲンは、戦争を起こそうとしている。おまえたち、何か見たら教えてくれないか」
「それがおれたちに何か関係があるのか」
「いや、今度の戦争は単なるドンパチじゃなくて、核兵器というものを使うそうだ。
こいつは、ニンゲンが住んでいる陸だけでなく、海も空も使い物にならないようにしてしまう。
そうなれば、空は飛べないわ、食べ物はないわで、おれたちも道連れにされてしまうぞ」 「道連れって?」
「死んでしまうってことだ」
「死ぬ?おれたちだけでなく、ニンゲンも死ぬのか?」
「そうだ」
「でも、おかしいじゃないか。戦争って、どちらかが勝って、どちらかが負けるものだ」
「そうだよな。おれたちでも、ときどきやることがあるけど、相手をコテンパンにすることはない。みんな同じ場所にいるから、笑われるようなことはできないしな」
「ニンゲンはやさしいぞ。食べ物をくれるときもあるし、ニンゲンが乗っている大きなもので休ませてくれることもある。それに、大きなものがいれば、そのまわりには食べものがあるじゃないか」
「ニンゲン同士になると、性格が変わるんじゃないか。世の中にはそういうことはあるものだ」
「そんなことになれば、おれたちも困るが、ニンゲンも困るだろう。わかった。戦争を防ぐために、おれたちにもできることがあるかもしれないということだな」
「お願いする。おれがいなくても、ここらで見かけないカモメがいたらおれたちの仲間かも知れないから、一度声をかけてくれないか」
そんなふうに仲間を集めていったが、広い海を見張るのにはまだまだ足りなかった。
ただ、オリオンが閉じこめられている海洋県研究所はもちろん陸地にあったので、陸、つまり町の上空を飛ぶのは、病原菌を運んでいるかもしれないと見なされて撃ちおとされる危険があったので、シーラじいさんの仲間のカモメしか飛ばないようにしていた。

アントニスとダニエルは、オリオンがいる海洋研究所で清掃の仕事をしながら、研究所の動きを見ていた。
ただ、紛争が頻発するようになってから、研究所の動きは少なくなったように思える。
多分、軍関係者は、イギリスの、あるいは自国の職場に戻っていったのだろうと二人は考えていた。
もちろんオリオンの動静はわからないが、カモメの意を汲んだ小鳥が小さな空気口から出入りして、オリオンの様子をカモメに知らせてくれていたので、それをカモメを通じて知ることができた。
「最近はオリオンの体を調べることはなく、3人のニンゲンがオリオンと話をしているようです。
今までは、1人のニンゲンにだけに近づいて何か話していたのに、それが2人になり、最近は3人と話しているようです」
それを聞いて、アントニスは、同じニンゲンかどうか調べてほしいと頼んでいたが、やはり同じ3人のニンゲンだということがわかった。
イリアスは、突然、「それは、どうしたら戦争を起こさないようにできるかオリオンに聞いているのじゃないか」と叫んだ。
「イリアスが言うとおりかもしれない。こんなときにのんびりオリオンと話をするだろうか?」アントニスが言った。
「それと、オリオンは戦術を変えたようだな。今までは見世物にされるだけだから、よほどのことがないと話さないと言っていたから」
「どちらにしても、オリオンはニンゲンにでも信頼されるさ」ジムが口を挟んだ。
「それなら早く自由にしてくれたらいいのに」イリアスが言った。
「自由にしてやると言われても、オリオンなら、この事態に何かできることはないか考えてからでけっこうですと言うと思うよ」
「それで、話しているのだ!」イリアスは自分の直感が正しかったことを納得したようだった。
部屋に流れていたテレビニュースでは、国境近くの紛争や、太平洋での資源採掘の船同士が小競り合いを起こす様子を映していた。
そして、チャイアの同盟国のノーズリアがミサイルの準備をしていることが発覚したと言っていた。
「これは脅しじゃない。今度使うときは、まちがいなく核弾頭を乗せるだろう。そうなれば、どんなことになるか!」ダニエルは恐ろしげな顔になった。
「オリオン、もっと話すんだ!イリアスは叫んだ。

「クラーケンが集まっているぞ!」シーラじいさんたちにあたりの様子を知らせているカモメが2羽下りてきて叫んだ。
「どこだ?」リゲルが聞くと、どうやら今の状況の発端になったアイルランドの西側のようだった。
「性懲りもなく、またはじめたのか」と思ったが、どうしてクラーケンかと不安になった。ミラが様子を見てこようかと聞いた。
「シーラじいさんはニンゲンの船に近づくなと言っている」
「でも、どうしてクラーケンが集まっているのかだけでも知っておくほうがおれたちの役に立つ」
「それじゃ、カモメにもついていってもらおう」

 -