シーラじいさん見聞録

   

情勢は厳しくなっていった。世界はアメリアとチャイアを頂点とする二つに分割されていたが、少なからずの国が争いは止めるべきだと思っていた。
しかしながら、争いから距離を置こうとしても、旗幟鮮明(きしせんめい)にしなければ、どこの国からも資源を融通してもらえないから、やむをえずそうする国が多かった。
そうなると、争いに中に巻きこまれてしまう。まさに世界は絶滅のスパイラルに入り込もうとしていた。
局地的な紛争はあちこちで起きだした。ほとんどが何でもない言葉に言いがかりをつけるのが発端だが、資源がある地域では元々の確執が本格的な争いになり、多くの死者が出ていた。
以前なら、そういう事態になれば、大国が表に出て、何らかの調停案を飲ませるものだが、今や二大大国どころか、被害が及ぶ近隣の国も発言しなくなっていた。もしそういうことをして、自国の軍隊を出すようなことになれば損失を被ると考えるようになったからである。
また、他の同盟に移る国も出てきた。何らかの見返りを期待してのことである。当然、それは、疑心暗鬼を生み、お互いが孤立化に進むことになる。
二人は、大国でも今の状況を打開することはできないので、それならオリオンの話をもっと聞くべきだと所長に提案した。
「私もそう思うから、何回もクリフに連絡して、オリオンの研究を中止するなと進言しているのだが、情報を集めるために猫の手も借りたいほどの忙しさなのでどうにもならないそうだ。
あいつも、オリオンのことは忘れていないと言っているので、部下一人でも専従させると約束してくれている。もう少し待ってくれ」と答えるのみであった。
2週間後、ようやくオリオンの担当が決まったという連絡が入った。以前ここに来ていた軍人の1人で、一番若い将校だった。
翌日一人で来ると、所長に挨拶をした後、すぐに、マイクとジョンとともに、オリオンがいる部屋に向かった。
そして、すぐにオリオンに言葉をかけた。「久しぶりだね、オリオン、元気だったか?」
「元気です」オリオンも、担当者を見て安心した。初めての者なら、また関係を結ばなければならないと心配していたのである。
「忘れているかもしれないが、ぼくはベン・アーデン。ベンと呼んでくれ。早く会いに来たかったんだが、大変な事態になっていてね。聞いているか?」
「マイクとジョンから聞いています」
「そうか。お互い妥協しようとしないんだ。愚かなことだよ。行くとこまで行ってしまったどうなるかわからないようになっているんだ。
そんなことになったら、人間だけでなく、きみらの仲間も犠牲になる。きみを閉じこめていて、こんなことを言うのもなんだが」ベンは、久しぶりに会った親しい友だちに対するように声をかけてきた。
しかも、話は終らない。「幹部からきみのことを聞いたとき、ぼくに担当させてほしいと何回も頼んだ。
さっき所長に挨拶したときマイクとジョンの二人が、『きみの話を聞くとこの危機を乗りこえるヒントがあるかもしれない』と言っていると聞いて、ぼくもそう思っていたのだ」
「そうなんだ。きみが英語を流暢に話すことは本来は科学的、医学的、歴史的ビッグニュースなんだ。オウムが人まねをするのとはわけがちがう。世界中の科学者はきみに会うためにここに詰めかけるはずだ。
しかし、今までの行きがかりでそれができない。しかも、今の状況だ。さぞやきみは悔しい思いをしているだろう。
これからはマイクとジョンに助けてもらいながら、きみに教えてもらうつもりだ」ベンの挨拶はようやく終わった。
「ぼくらもベンと呼ばせていただきますが、ベン、これから、事態が急変したら、元の部署に戻ることはありますか。あるいは、他の者が担当者になることは?」マイクが聞いた。
「ぼくも命令で動いている者だから、最終的には何とも言えないが、少なくとも他の者に代わることはないよ。それは上司に頼んできたから」
「それならよかったです。オリオンの仲間には陽気なイメージがありますが、オリオン自身は長い間ここに閉じ込められているうえに、海底にいる人間を早く助けたいと切実に願っていますから、また別の人に希望を託すというのはできないかもいれません」
「「わかった。それに関してはぼくが責任を持つ」
「それじゃ、今後3人でオリオンの話をまとめて、海底にいる人間を助けるためにどうするか、あるいは今の状況を打破するためにどう生かすか考えていきましょう」とジョンが言った。
「そうしよう。そうして、きみらが願っているようにオリオンが早く自由を取りもどせるように努力するよ。
ところで、オリオン、きみはもう手遅れだと思っていないだろうか?」ベンはまたオリオンに聞いた。
「何がですか?」
「ああ、人間やきみらを含めた世界だ」
オリオンは少し笑顔になって言った。「ずっとここにいますから、詳しいことはわかりませんが、どんなことでも手遅れだということはないと思います」
「それなら安心だが、普通外交交渉というものは表と裏を使いわけるのだが、今はどちらもそんな余裕がなくてお互いを激しく責めるだけなのだ。
早く相手をこの世からいなくさせようと考えているようでね。もう終わりかなと思った」
「どんな時でも、自分を見失わなければ必ず勝機はあるととシーラじいさんから教わっています。ぼくはいつもその言葉を忘れないようにしています。今もです」
「シーラじいさんって?」
「オリオンを先生だと聞いています。英語だけでなく、生き方を教えているそうです」マイクが代わって言った。
「ぼくらにも、そういう存在がいればいいのに」ベンは嘆いた。

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