シーラじいさん見聞録

   

「しばらく様子を見よう。魂胆があるのなら、自分からオリオンの記事がないと言うのも妙だし、わしらが考える以上の悪党かもしれないからな」
シーラじいさんは、そう言うと、イルカの子供たちに向かって、「おまえたちにはすまないが、また行ってくれないか。しかし、絶対無理をするなよ」と声をかけた。
二人は、「わかりました」と答えた。今、親や兄弟が行方不明のままなので、不安や心配を忘れることができてうれしかったのだ。しかも、自分たちにしかできないのだ。
翌日から毎日そこに行き、夕方まで待ったが、誰も来なかった。しかし、5日後、海岸に誰かが立っていた。アントニスという青年にちがいない。他には誰もいない。
アントニスは、イルカを見つけると、海に向かって走ってきて、以前よりはるか遠くに何かを飛ばした。
二人が岸に近づかなくても大丈夫なほどの距離だ。それを口にくわえると何か固いものが入っていた。
「これは何だろう」、「石だよ、石」「危険ではないか」「いや、遠くに飛ばすために入れているのだ。とにかくもって帰ろう」2人は、リゲルたちの元に急いだ。
シーラじいさんは、リゲルたちの手助けで急いで読んだ。しかし、オリオンについての記事は、やはりなかった。それが数回続いた。
「どうしたのだろう」
「カモメが戻ってくれば、わかるのになあ」
「あいつは、オリオンの記事を隠しているのではないですか」
「日付順に入れてくれているから、それはできないじゃろ」
みんな何も言わなかった。シーラじいさんは、「それじゃ、わしがその青年に会いにいこう」と言った。
「それは危険です」リゲルが慌てて答えた。
「いや、直接話をすれば、その青年のことはわかる」誰も黙っていた。
「大丈夫じゃよ。怪しい動きがあればすぐに戻る」シーラじいさんは、みんなを安心させた。
「それでは、ぼくらが守りますが、まず、そいつに沖のほうに来させたほうがいいです」
「そうじゃな。それでは、わしが手紙を作る」
シーラじいさんは、新聞を急いで読み、ペルセウスに、「ここを破ってくれないか」とか「それからこことここ」と指示した。
ペルセウスの歯は、他のものと比べ小さくて、すばやく動くことができた。
そして、シーラじいさんは、それをビニール袋に入れるように言った。「よし、できたぞ」
「どう読むのですか」誰かが聞いた。
「Plese come offshore。沖のほうに来てくれという意味じゃ。
ビニール袋の中で字が動いてもいいように、できるだけ少ない字数にした」
「それじゃ、きみら2人は、いつもと同じように青年の注意を引いてくれ。ペルセウスは、手紙をもって、できるだけ近くまで行け。ぼくらは後から守る」リゲルが言った。
翌朝、そこに行くと、アントニスが待っていた。2人は、いつもの場所でジャンプを繰りかえした。
アントニスは、同じように走ってきて、遠くまで投げた。2人は、それを拾ってから、いつものようにすぐに帰るのではなく、そこで何回もジャンプした。
アントニスは、それを見ていたが、何か感じて、海にどんどん入ってきた。
ペルセウスは、アントニスに近づき、ジャンプした。そして、口にくわえていたビニール袋を空中に放した。アントニスは、それを、沈む前に捕まえることができた。
「よし、成功だ!」ペルセウスも、2人のイルカも、背後で見守っていたリゲルたちも、そう叫んだ。
翌日早く、シーラじいさんは、みんなに守られて岸に向かった。
まずペルセウスが近づくと、ゴムボートが浮いているのが見えた。アントニスがあたりを見ながら一人でいた。
ペルセウスは、すぐに報告した。「別に武器のようなものはもっていないようです」
「よし、わし一人で行ってくる」シーラじいさんは、そう言うと、ゆっくりボートに近づいた。
そして、「今日はご苦労じゃな」と言った。アントニスは、声は聞こえるが、誰が、どこで言っているのかわからず、あちこち探した。
「ここにおる」アントニスは、ボートのすぐ横で顔を出しているシーラじいさんに気づいて、あっと声を上げた。
「驚かしたな」シーラじいさんはにっと笑った。
アントニスは、まだ信じられなかったが、「あなたでしたか」と言った。
「そうじゃ。いつも新聞や雑誌を届けてくれて助かっている」まちがいない。
「しかし、オリオンのことはどこにも載っていません」
「わしらも心配しているが、オリオンがどこにいるかは大体わかっておる」シーラじいさんは、アントニスの目を見ながら言った。
アントニスは、「えっ!」と叫んだ。
アントニスの青い目は驚きで開いたままだったが、何かを隠そうとしている影はなかった。
「それじゃ、ぼくが助けます。どこにいますか?」
「この島の北側にいる」
「どうしてわかったのですか?」
「カモメが調べてくれたじゃ」
「カモメ!」と叫んだ。
「そうじゃ」
アントニスは、この2週間、自分は夢を見ているのではなく、今まで生きてきた世界の横にある別の世界に入ったのだと思うようになっていた。
そうでなくては、朝起きて絵を描いたり、食事をしたりする、今までの生活をしながら、人間の言葉を話すイルカのことを心配したりしないはずだ。
イリアスは、まだ子供なので、別の世界に一歩踏みこんだばかりに、精神が耐えられなくなったのだ。今まで見たこともない魚もまた、人間の言葉を話すのを聞いて、それを確信した。
そうか。あのイルカは、この世界ではしゃべることができないので、新聞は書かないのだ。すると、捕まえた人間は、あのイルカをただのイルカかと思い、邪慳に扱わないだろうか。
「アントニス!」シーラじいさんが呼んだ。

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