社会を使え

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復活ノート

「社会を使え」
渋谷や心斎橋で、気に入った人に、「茶しばきませんか」と言っても、相手は逃げることまちがいありません(相手が熟女でも若い娘でもそうでしょうし、同性の人でも気味悪がるでしょう)。
私が60半ばということもあるでしょうが、たとえ若くても、不自然なことは警戒されるものです(だから、「ひっかけ橋」などの舞台が必要になります)。
しかし、ネットなら、相手を全く知らなくても、安全という保証があるので、チャットぐらいは応じてくれるかもしれません。
特に「フェイスブック」は、身元を明らかにしなければならないので、さらに安全性は高まるでしょう(しかし、「フェイスブック」でも、被害にあう女性も出てきていますので、用心に越したことはありません)。
その反面、近所つきあいは少なくなりました。特にニュータウンは、あちこちから様々な人が集まるわけですから、何かアクションを起こさないかぎり、つきあいははじまりません。
人は、まず家庭から、近所に出て、学校、会社と、自分の社会は広がるのですが、最近はそれが希薄なので、家庭でも一人でネットとつながることになるのでしょうか。
それでか、「一人のほうが気楽でいい」と思う人がいるようで、お店で、「一人鍋」を楽しむ人が増えているようです。
つまり、ネットには友だちは多いけれど、「鍋でも行こう」と誘える人は少ないのです。
ビジネスで、この現象を使わない手はありません。私が店をしているならば、「一人が気楽でいい」と思う人でも、3人、4人で来てもらえれば、料金も含めて、こんな楽しいことがありますよとアピールします。
また、ネットで集まったグループには、さらにサービスもします(誰が、そのグループのメンバーか客は知らないのです。「闇鍋」というのがありますが、「波メンバー」です)。
現代人は孤独だと言いますが、それには、何かの原因があるので、「人間性」は変わっていないはずです。
自分のことは話したくてたまらないのです。そして、誰かに認めてもらいたし、自分の意見に反対されても、話を聞いてもらえたことだけでうれしいものです。
私は、1974年(昭和49年)に、在宅保育サービス、在宅介護サービスをはじめました。
当時は、経済成長の真っ只中で、1ヵ月の集金額が20万円、30万円はざらで、介護サービスなどは、1ヵ月100万円の家庭もありました(ただし、介護をしていることは世間には内緒にしてほしいとのことでした。まだ介護は、家庭のトップシークレットという時代でした)。
今はそういうわけにはいきませんが、SNSを使います。つまり、ネットで保育や介護を必要としている人のグループを作ります(もちろん、気が合わない家庭はありますからシャッフルしていきます)。
そして、保育、介護が必要になったとき、当社のスタッフも行きますし、グループの仲間が行くときもあります。料金も安くなりますし、つきあいもできるようになります。
トラブルが起きても、グループで話しあいができるし、当社のコンサルタントや医者も出ます・・・。アイデアが止まりそうにありません。
自分のビジネスでも考えてください。一緒に考えますよ。