元気

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復活ノート

「元気」
大勢の人が、サッカーの日本~デンマーク戦をテレビで見ました(午前3時半からの中継で、視聴率が30%、40%といいますから、6月25日の国民総睡眠量は最低を記録したかもしれません)。
テレビの視聴者に、パブリックビューイング会場の数も加えなければなりません。
あの盛りあがりはすごかったですね。入場料だけでなく、交通費やホテル代を払ってでも、「その場」にいる気分で、みんなと応援したいのでしょう。
野球は、野茂がその道筋をつけた後、イチロー、松坂、松井などが続々と大リーグで活躍しています。
私たちは、個々の日本人選手を応援しますが、オリンピックなどの国際大会は、日本対外国、日本人対外国人ということですので、少し応援の質がちがうようです。
「日本人の底力を見せてやれ」ということでしょう。
そして、※※選手は、「我が学校卒業だ」、「我が町出身だ」という垂れ幕が、卒業少・中・高の学校、あるいは、生まれ故郷、育った町ごとに張られています。
わがごとのように喜ぶことは、わがごとの喜びになるのです。
インタビューを受けた人が、「元気をくれてありがとう!」と興奮ぎみに礼を言っています。
野球は一球で逆転ホームランがありますが、サッカーは、それがない代わりに、1点を取る過程の醍醐味があります(しかし、私も、だらだらとボールを回すだけの試合は途中で見ませんので、サッカーの本質がわからないようです)。
日本選手から元気をもらった人は、雲つくような外国人選手の間を潜りぬけて、相手のゴールに攻めより、一気に「ゴール!」となることに、わが前に立ちふさがる大きな壁にまた向かっていこうと思うのでしょう。
誰でも、自分のことを振りかえるのですが、年を取るほど、後悔の割合が増えるのでしょうか。
私の場合も、事業をやめたから、ほんとにしたいことができるようになったと思うようにしているのですが、しばしば何十年も前のことを、しかも、なんでもないことを思いだしては、いや、勝手に心の中に出てきては後悔することがあります。
それは、あんなことを言わなかったらよかったというようなことで、専門家は、何らかの病名がつけるかもしれません。
この性格、この病気はなかなか治らないかもしれませんが、気をつけていることがあります。
医者の話では、寝る前に、今日の、あるいは今までの後悔などをすると、熟睡できないばかりでなく、その結果、大病を引きおこす恐れがあるというのです。
それで、私は、仕事だけでなく、物語を書いたり、気象予報士の勉強をしたりしていますから、進捗状況を確認して、今日はここまでやった、これはすごいことになるぞと自己満足をしながら寝るようにしています。
スポーツ選手が、「自分に勝つ」と言いますが、私は、それを、自分の性格に勝つことだと解釈しています。年を取ると、趣味を持たなければならないという理由もそこにあるのでしょう。
今振りかえれば、破綻した後始末のときや債権者会議の前はなかなか眠らず、小脳梗塞になりました。
私の場合は軽いめまいですみましたが、脳梗塞になって、半身不随になった経営者を何人も知っています。
みんな元気がほしいのです。いつの世も「占い」に頼るのも、運命を知ることより元気がほしいからかもしれません。
そこで、24時間後悔したときに励ますサービスが考えられますし、今されているビジネスの中にお客様を元気にするものを入れられませんか。元気はすべての源です。