新しいスポーツ

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復活ノート

「新しいスポーツ」
「遠くの親戚より近くの他人」と言いますが、気にくわなくなれば、遠くも近くも関係ないようです。
我々でも、土地の境界でもめることがあります。私の実家はトップクラスの過疎ですが、数年前、固定資産税を決める測量があったとき、隣の人が(当然、子供のときから知っていますが)、私の曽祖父が置いた目印の小石がちがう、もう少し自分の土地が広いと言いだしました(3センチぐらい)。
800坪あっても固定資産税は4万円ぐらいの田舎で喧嘩をするのは大人げないと思って承諾しましたが、これが国なら、「いいですよ。でも、なかよく使いましょう」とならないようです(私の場合でも、「なんで親が生きているときは言わないで、今さら」と少しむしゃくしゃしました)。
中国や韓国とはそんな状況です(今、北朝鮮とはお互い悪口の言いあいをしていないのはおもしろいものです)。
取るに足らない島の取り合いで(領海があるからでしょうが)、一触即発だそうですが、ほんとでしょうか。
最近は、国民のことより、自分のことを考える政治家が多いようですが、逆にそのほうが戦争にならないかもしれません。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」といいますが(仏教は、江戸時代から堕落していた証拠です)、何度でも言いますが、何の役にも立たない島が原因で、子供の喧嘩ばかりしています。しかし、ほんとの子供や若者にはいいことありません。
日本にも、「あの芸能人は日本人とちがう」などという空気が残っていますが、そういう人となかよくなれば、そういう空気があっても、「それがどうした」と思えるようになります。
中国人でも、日本に来れば、日本人は親切で、町はきれいで、電車は正確だとネットに書いています。日本人が中国を旅行すれば、中国を見なおすことがあるはずです。
お互いの国が、こういうときこそ、相手の国を訪れようという政策を取れば事態は変わるのにと思います。
そして、スポーツです。お互いが戦うのもよし。お互いがチームメイトになって、アメリカやヨーロッパの国と戦うのもよし。
そして、以前にも提案したことがありますが、今までなかったスポーツを、アジアの国の若者が一緒に考えるのです。
そうなれば、技術を高め、どう広げていくかを決めていくために、顔を合わせて議論しなければなりません。その絆は、押しつけられた愛国心を越えるものになります。
この動きを作るビジネスは、世界から評価されるはずです。
「目には目を」は愚かなときがあります。子供の政治には、大人の知恵です。
それは、どんなビジネスにもいえることです。