腋毛

   

今日も、ムーズがやってきた~きみと漫才を~
「腋毛」
東京オリンピック(昭和39年)のドキュメンタリー映画は、いつでもタバコをくわえている市川昆が監督した。ぼくは、中学3年やった。
その映画は、「文部省推薦」ゆうことで、日本中の学校を巡回した。
ぼくは、チェコのチャフラフスカの体操演技より、ソ連の女性砲丸選手のタマラ・プレスの姿に、どきどきした。後で聞いたら(ゆうても、40年後やけど)、そんな気持ちを持ったのは、ぼくだけじゃなかった。
百4、50キロある彼女が、丸太棒のような腕を、ぐっと構えると、彼女の腋毛は、夕陽の中で、金色に輝いていた。
それがアップになると、なんか恥ずかしかった。みんなも咳払いをしたり、照れ笑いしていた。
今は、女性は、腋毛を剃っているから、思春期の男子も、女性の腋を見ても、何も感じへんやろ。
ぼくらは、幸せや。腋毛を、そっと見ることが、「ヰタ・セクスアリス」の大きな部分を占めてるんやから。
小学3,4年の担当やったF先生は、ボーボーやった。
産休で来た「金子先生」は、若い女性やったから、ぼくら(ぼくだけやったかもしれんけど)は、「先生、なんで、苗字に「子」がついてるん?」とからかいながら、くっつく、くっつく。腋が、臭かったのは、腋臭(わきが)やったんやな。
一番、ドキドキしたのは、男子と女子のバレーボール部の合同練習をしたとき、女子のキャプテンの0さんは、びっくりするほどの腋毛やった。
心臓が破裂しそうやった。同じ中三やったけど、ぼくは、まだ生えてへんかったので、女子は、もう大人になってるんやなと感じたもんや。
とにかく、昭和40年ごろまでは、女性が、腋毛を剃る習慣は、あんまりなかったように思う。
二十歳ごろ、京都の大丸デパートで、アルバイトしてるとき、お姉さん同士が、「あの子、顔がきれいなのに、腋の手入れしてへんのよ」と噂しているのを聞いたことがある。
あれが、腋毛を剃ることが、常識になったころやろな。
個人も、社会も、シンプルに、ナチュラルにという風潮になっているのに、なんで腋毛だけが、剃られてしまうのやろ。それも、親の敵(かたき)みたいに、根こそぎや。 
腋毛を伸ばすことは、もうないのやろか。
ミニスカートのブームのときは、おばちゃんも、喪服まで、短くしていた。膝が隠れるスカートでも時代遅れのようやった。老若男女(男は関係なかった)、みんな、太ももを出していた。あれを思い出したら、腋毛がファッションになることも、そんなに変やないで。
社会も、個人も、今までのもんを打ち破って、前に進んできたんやから。

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