今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(67)

「男」
「おかしいと思いませんか?」
新聞記者のマイクは編集長のマシューに聞きました。原稿を見ていたマシューは、顔も上げずに答えました。「何が?」
「代替エネルギーの権威スコット博士が亡くなって、この5年で世界的な科学者が10人も死んだのですよ。それも全部自殺です」
「彼の場合は、提携企業との交渉が決裂してノイローゼになっていたんだ」
「でも、人類悲願のエネルギーは、来年には日の目を見ることになっていたし、次の交渉の日時も決まっていたんですよ」
「だから、ノイローゼだと言っているじゃないか!」マシューは、自分の仕事に集中できないのでいらいらしてきたようです。
マイクも、それには気がついていましたが、「ウォード、グールド、マンフォード、マルタン、トマ、ヤロスラフ、サパテーロ、イノウエ、リューたちは、もっといるかもしれないが、人類が生きのこるためには欠くことができない科学者ですよ。それがどうして、みんな自殺するんですかね」と続けました。
「みんな、研究の頭打ち、病気、家族との不和、借金、不倫などで追いつめられていたんだ。各国の警察は、慎重に捜査して結論が出ている。
とにかく、おれは、2時間以内に800ページの原稿をチェックしなければならないんだ!」「わかりました。時間があれば、今の件を考えておいてください」
それから、1週間後、編集長のマシューは、マイクを呼びました。「マイク、例のことを取材してみないか」
「えっ」
「科学者が次から次へと自殺する事件だよ。原因は、個別の理由か、あるいは、人類には未来がないとわかったためかを調べるんだ。世界のマスコミで、それに手をつけた者はまだいない。急ぐんだ!」
マイクは、世界を回る準備に取りかかりながら、直接インタビューした科学者は、2,3人だが、みんな、自分の研究に自信をもっていた。「これで人類に寄与できる」という笑顔を見せてから数年で自殺するとは考えられないとあらためて思いました。
3年の間、マイクは、全員の(無名の科学者でまで入れて50人を越えた)遺族、大学や研究機関、私的な関係者まで調べつくしました。
そして、一人の男にたどりついたのです。それぞれの科学者のパーティのスナップ写真に、その顔がちらっと写っていました。
名前は、アウゲンタラー、バルバッツァア、クロンヴァールなどと名乗っていましたが、、濃い水色の目と鷲(わし)鼻と先が尖った耳は同一人物のようです。
それぞれの学者とその人物が立ち話をしているときに、紹介を受けた人の話から、それがわかったのです。
しかし、どの科学者も、彼については、家族や同僚に話したことはないようですし、日記にも記述がありません。
マイクは、編集長のマシューに報告をして、マシューは徹底的にその人物を調べました。しかし、まったくわかりませんでした。
その取材は中止になりましたが、マイクは、今度は、今有望な研究をしている研究者を調べあげ、自費で調べることにしました。
ある秋の夕方、パリ郊外にある、人口心臓の最先端の研究をしているオーバン博士の研究所を訪れたとき、一人の男が出てきました。
こんなところを徒歩とは珍しいと見ていると、あいつだ!とひらめきました。
マイクは、すぐに車を降りて、その男を追いかけました。そして、「元気だったかい?死神さん」と声をかけました。
男はゆっくりふりかえってマイクを見ました。そして、ニタッと笑って言いました。「おれは死神じゃないぜ。強いて言えば、死神の国から来たリクルート役だな」
「やはり、そうか」
「おれを探しているのは知っていたぜ、マイク」
「どうして?」
「苦労に免じて教えてやろう。それに、おれのことをしゃべっても、マシューどころか、世間も大笑いするだけだしな。
おれの国も、技術革新の波が押しよせてきて、責任者の死神博士は、天才の頭脳をほしがたので、おれがここに来たってわけさ」
「殺したのか?」
「自らの意思だ」
「そんなことあるものか」
「みんな、研究に没頭しているよ」
「まさか」
「きみも取材に来ないか」
「何を言っている!」
「おれは無理強いしたこともあるが、おれたちの国に来たいものがいっぱいいる。早く死にたいとラブコールをしてね。
そう言った者には、おれたちの国の役人がとりあえず審査するんだが、ただ飯食いが多すぎると嘆いていたな。
どこへ行っても、勇気と勤勉が必要だ。そのへんのことは、ここへ出張に来ている者が説明するよ。それじゃ」
男は、冷たい風が舞う並木道をコートの裾を昼がしながら去っていきました。
マイクは、その男を追いかけようとしましたが、体が全く動かなくなっていました。

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