限度

   

今日も、ムーズがやってきた~あなたと漫才を~

「限度」
昔から、若いもんが使う言葉や言葉使いは、それはおかしいでとゆわれても、その中で、「おもろい」や、「ゆいやすい」が、生き残って、それが、「当たり前」というか「これが正しい」になってくる。これ以上は、また、「言葉」の2弾、3弾で書くわ。
せやけど、テレビで、「観測史上初めてです」という暑さに耐えていると、ぼくも、若いもんの言葉を使いたくなるな。
「こんなに暑いのは、サイアクや。今後、人類が生き残れるかは、ビミョーや。誰が、こんなことにしたんや。ムカツク!」
気象異常は、日本だけでなく、世界のあちこちで起きているらしいな。アテネの40度ゆうのは、毎年かもしれへんけど、ドイツでは、雪が降ったり、ベトナムは、大雨が止まらんし、ムチャクチャになっている。
地球が熱くなって、氷山が溶けると、南の島は、全滅といわれている。しかも、2020年ごろまでは、イギリスや、デンマーク、ノルウェーが、シベリア化するんやて。これから、暑くなるんか、寒くなるんかしらんけど、人間が荒らしまくった地球に限度が来たようやな。
限度は、何でもあるで。車や機械から、国、社会、家庭、家庭などの制度、そして、人間そのものもな。
車や機械は、おんなじようにつぶれるけど、制度や人間は、いろいろな条件で決まる。国や社会は、もうあかんとなると、戦争や内戦になるから、そうならんようにしているけど、うまくいってへん。会社も、つぶれたり、合併したり(銀行やプロ野球のことは、はよ書きたいわ)するけど、その前に、経営者や社員の能力が、一番関係している。5,6人の社員やったら、ええ社長ゆわれても、社員が、100人、1000人になると、経営できなくなる人もいる。それが、ええとか悪いとかではなく、自分の能力を知って、どう制度を作るか、どう社員を使うかを考えんとあかん。
家庭も、人間関係のかたまりやから、夫婦だけのときは、いちゃいちゃしていたらええけど、育児、介護がでてくると(家庭にはつきものや)、夫婦関係、親子関係ゆう人間関係の限度が出てくるわけや。限度レベルが低いと、最近多い悲惨なことが起きるわけや。
その元は、やはり、人間そのものやな。「そんなに、早う怒らんでもええがな」とゆわれる人でも、あることには、ものすごく耐える。もっと、ややこしいのは、人間は、ある人には、よくても、ある人とは、うまくいかへん。
つまり、ぼくらは、これ以上あかんという限度があることを忘れず、そのレベルを高くする努力は必要やけど、レベルを越えたとき、どうするかも考えておかんとな。
それが、ストレスや。また、ストレスが入らんようにせんとあかんけど、入ったら、どうするか。お互い、生きていくのは、たいへんやな。

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