田中君をさがして(15)

      2016/04/05

「怖くなれば、すぐ戻ってくればいいよ。無理をすれば、今後、悪い影響が残ってしまうからな。恥ずかしいと思うことはないし、みんなを気にすることもない。目的は、自分の心を見る訓練だよ。君たちは、しっかりした大人になって、そして、家長にならなければならない。家長とは、初めて聞く言葉かもしれないが、また話すときもくるだろう」
「それじゃ、始めようか」と言って、パパは、ポケットから、紙を取り出した。
広げると、どうやら、パークサイド病院の見取り図のようだった。パパは、これも用意していたのだ。
パパは、それを、みんなの前に出して、「病院は、こうなっている」と、説明しだした。
「2棟が、2ヶ所の渡り廊下で結ばれている。今いるところは本館で、一階は、外来の診察室で、2階、3階は病室になっている。もう一つの棟は、検査室や手術室が多い」
ぼくは、ぞくぞくしてきた。3人が、じっと、その見取り図を見ているので、まるでアメリカのギャングが、銀行にでも忍び込む計画をねっているような気がしてきたのだ。
「そうそう、だれかが、マネキンを持ってきていたので、そこへ置いておいた」と言って、パパは、左の角(すみ)を指さした。
3人は、「わっー」と叫んだ。三人のマネキンが、玄関に横たわっていた。
黒っぽい背広を着た男と、赤いワンピースを着た女のマネキンが、無表情で、ぼくらを見ていた。どちらも、外人のような顔をしていた。
もう一人は、服装からして、女のようだったが、顔がなかった!
さっきから、ずっと、ぼくらを見ていたのだ。
ぼくは、頭の中から凍りついたようになりながらも、パパは、また来たどころか、一部屋一部屋を調べたんだなと思った。もう二人のマネキンを見つけてきたのだから。
3人も、足を動かしたりして、落ち着きがなくなっていた。
「びっくりしたよ」と、吉野が、大きく息をしながら言った。
「ごめん、ごめん。見えないところに置いておくべきだったな」と、パパは、少し笑いながら言った。
「それじゃ、みんなで病院の中を見て回ろうか」と言って、立ち上がった。
そのとき、事務室の方で、ガタンという音がした。ぼくらは、総立ちになって、顔を見回した。
パパは、そっちへ行って、中をのぞいた。
「大丈夫だ。何かが落ちただけだから」
パパを先頭に、ぼくらは、小さく固まって、待合室の方へ向かった。そして、事務室の奥の階段を上がった。
「1階は行かないんですか」と、吉野が、パパに聞いた。
「1階は、診察室があるだけだから」と言って、踊り場を越して、2階へ上がった。
2階は病室になっていた。途中、看護婦の詰所が会って、そこを右に曲がれば、隣の棟につながる通路があった。
パパは、前来たときのようなコースを歩いた。
渡り廊下は、大きなガラスがあったが、ところどころ割れていた。両脇からは、草が伸び放題になっている中庭と、遠くの林が見えた。そして、一方の林の隙間から、少しだけ見えている建物は、少し高台にある、ぼくらの小学校のようだ。
ぼくは、少し立ち止まって、景色を見ようと思ったが、パパは、急いではいないが、そのまま進むので、あわてて、みんなに追いついた。
隣の棟に行くと、今度は、左に曲がった。
「右は、院長の部屋だ」と、パパは、あいかわらずガイドのように説明した。
通路の左右には、検査室や手術室と書かれていた。狭い空間なので、ぼくらの足音がよく響いた。
ぼくは、いよいよ、カキョーにさしかかったと思った。「カキョ-」とは、「景色のすばらしくよいところ」、「ひじょうによい場面」という意味であるのは、この前、何かの本を読んで、知っていた。
大きな滝や、きれいな虹は、そのもの自体は、自分が、壮大だとか、美しいとかは知っていないはずだ。みんな、人間の心が、そう思うからだ。その本には、そんなことが書いてあったが、パパの考えや、ぼくの経験から判断して、今から通るところが、カキョーにちがいない。ぼくらの、少なくとも、ぼくの心が、一番騒ぐからだ。
と考えている間に、ぼくら一行は、突き当りの階段を下りはじめた。
そして、下りたところが、「霊安室」だった。
「この部屋は、残念ながらなくなった人を、安置するところだ」と、パパは説明した。
ぼくらは、少し足早になったが、パパは、「ゆっくり、ゆっくり」と、両手を少し広げて、ぼくらを制した。
そのまま歩いていって、渡り廊下を渡ると、待合室の奥に出た。
そして、ようやく、元にイスに戻った。
ぼくは、だれにも聞こえないように、息を深く吐き出した。
すぐに、パパは、「それじゃ、一人づつ行こうか」と言った。

ぼくらは、顔を見回した。
もちろん、みんな、これで終わったと思っていなかっただろう。
しかも、今、「予行演習」をやってみて、自分の全力を出さなければ、前に進めないという気持ちを持ったはずだ。
吉沢は、ぼくを見て、少しほほえんだ。それは、いよいよかという意味が込められているようだった。
ぼくは、まだ勉強していないことが、試験に出たような気持ちになった。
そういえば、こんなことがあった。
算数の試験で、ぼくらのクラスだけ、まだ覚えていないことが出たので、みんな、吉沢先生に抗議した。しかし、先生は、「世の中って、そんなものだから、ゆっくり考えたら」と、「けんもほろろ」だった。

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