シーラじいさん見聞録

   

そちらを見ると、海が盛りあがるのが見えた。そして、シューという音が聞えると、水が、噴水のように勢いよく吹きあがった。
そして、目の前を隠すほど高い波が一気にシーラじいさんたちのいるところまでやってきた。
体が激しく揺れ、持ち上がったかと思うと、そのままたたきつけられた。
これはいつものことだ。しばらくなすがままになっていると、ようやく波はおさまった。海が盛りあがったほうを見ると、真っ黒な小山が浮き上がっていた。
そちらに行くと、ボスが申しわけなさそうに顔をして見ていた。
「いつもすまないねえ」ボスは、恐縮した声で謝った。
それから、もう一度体を大きく揺すって、シーラじいさんのほうを向いて、「よくお帰りくださった」と言った。
「いやいや、二人が来てくれたので助かった」シーラじいさんはできるだけ大きな声で返事をした。
「それにしてもみごとな戦法でしたな」と笑顔で言った。
「ご存知じゃったか」
「ここの者がときどき様子を見にいったようでな」
「あれだけ多くの兵隊がいたので、無事に帰るためには、あれしかないと思った」
「わしらには思いつかん戦法です。またいろいろ教えてやってください」
「今聞いておったが、わしが言ったことで迷惑かけたようじゃ」
「いやいや、若い者が決めたことです。若者は、次の世界を敏感に感じるものです。
そして、新しいことには必ず抵抗がある。何もしなくても反対があるのと同じように」
「確かに」
「流れはとめられない。そして、その流れに乗せてやるのがわしらのすることです」
「いや、わしには、そんなことはむずかしいことはできんが、多少知っていることを教えることぐらいじゃ」
「それで充分です」
「ところで、一つ気がかりなことがある。わしらが戦った向こうの頭領が、大きな災厄がもうすぐ来ると言っていたが、なんのことじゃろ」
「災厄?」
「そう。それから身を守るために、わしらはこうしていると」
「わしはこんな体なので、小さなことを見落とすことが多い。ただ遠くまで行くので、これからは気をつけてみましょう。これからもよろしく願いたい」
「そのつもりじゃが、あの二人をここに戻してもらいたい」
「追放された者は、二度とここに戻れないという規則があるのだが、それについては、きみ、どうなった?」
改革委員会のリーダーが前に出た。
「はい、わたしたちが、二人について再考をお願いしたい旨仲裁人に申し出をしまして、検討していただくことができました。
どんな経緯(いきさつ)があったとしても、今まででそういう例はないという判断だったのですが、繰りかえしおねがいしましたら、長老が、ここでもう一度あの二人の態度を見ようと言ってくださいました」
「じゃ、明日迎えにいってくれたまえ」
「わかりました」
ボスは、またシーラじいさんのほうを向いた。
「戦いに明けくれている者がここに来れば、その心が和らぎ、自分のしていることに気づかされます。
わたしらは、無益な争いを避けることを使命して、ここに集っております。ここから争いを起すことは絶対あってはならないのです。
子供の親を探しておられることは聞いておりますが、もう少し力を貸していただきたいのです」
「及ばすながら」シーラじいさんも力強く言った。
ボスは大きくうなづいてから、大きな波を起さないようにゆっくり体を動かして向きを変えた。
そして、そのまま進んでから、頭から海に潜り、巨大な尾びれを高々ともちあげて去っていった。
翌日、改革委員会の二人の委員が、リゲルとベテルギウスを迎えにいくことになった。
オリオンは訓練を受けるために出かけ、シーラじいさんは、改革委員会に届けられた新聞や本を調べて、今後何を教えていくか考えることにした。
今の間に置かれている新聞や本を一つ一つ見た。
政治や経済などは飛ばして、頭領が言っていた災厄のヒントになるものはないかに重点を置いた。
そして、ニューヨークタイムズで、「global warming」や「air pollution」という言葉を見つけた。
地球規模の温暖化あるいは大気の汚染がニンゲンにとって大きな問題となっているようだ。しかし、それは、わしらが住んでいる海と関係があるのか。
しばらく読みつづけていると、海も、その影響から免れることはできないような内容だったが、はたして、それは災厄と関係あるのか。
そのとき、「少し聞いていただきたいことがあるのですが」という声が聞こえた。
シーラじいさんが振りかえると、がっちりした体のシャチがいた。

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