シーラじいさん見聞録

   

「かまわないぞ」シーラじいさんは言った。
しかし、10メートル近いシャチは、体を小さくして、まわりをうかがっているだけだった。
「そうか。こっちに来い」シーラじいさんは、新聞や雑誌の陰に招いた。
すばやくそこに行くと、安心したかのように口を開いた。
「実はわたしがあの二人を追放処分にしたのです。もちろんみんなの指示があったんですが」
「訓練をしている先生じゃな。それについては聞いている。ほんとに感謝している。あの二人がいなかったら、わしらは助からなかったところじゃった」
「ありがとうございます。ただ、一番優秀な生徒を追放処分にしたことが、反対派に、これは何かあると思わせたようです」
「なるほど。しかし、それはあなたの責任ではない。あなたは決まったことをしただけじゃ」
「それが気になって仕方がなかったんです」
「明日二人を迎えにいくことになっている。確かに『一度追放された者は二度とここへ入ることは許されない』という規則はあるが、幸いといっていいかわからないが、改革に反対する者はほとんど出ていったようじゃから、二人が戻ることにはそう障害がない。
「海の中の海」の精神は訓練によって形づくられる。
あなたは心配しないで、これからも訓練をしっかりやってもらいたい」
訓練教師は、巨大な体を硬くしたまま、じっとシーラじいさんの話を聞いていた。
そして、シーラじいさんの話が終ると、ようやく目の上のアイパッチが動いた。表情が柔らかくなったのだ。
「そうおっしゃってもらって安心しました。自分のせいで、こんな騒ぎになったんではないかずっと苦しんでいました。二人が帰ってくれば、いやオリオンも入れて、高度な作戦を教えます」
「頼みますぞ」
訓練教師は、無言でうなづくと、出口に向かった。そして、外をうかがうとすぐに去った。
翌日、また新聞や雑誌の記事を調べていると、改革委員会の二人があらわれた。
「只今帰ってまいりました」
シーラじいさんがねぎらう言葉を言う前に、一人の委員が、「上級生はいたのですが、下級生のほうが行方不明になっています」と報告した。
「なんじゃと。ベテルギウスが」
「親や兄弟の話では、いつのまにかいなくなったとのことです。家族は、あちこち探したらしいのですが見つからないと言っていました」
シーラじいさんは考えた。
シャチやイルカは、「海の中の海」から、そこまで半日ぐらいでいけるが、自分のような遅い者なら2日はかかる。すると4,5日は帰れない。授業は遅れるが、ベテルギウスに何かあると、「海の中の海」に致命的な影響が出る。ベテルギウスをなんとしても助けなくてはならない。
「わかった。今から行く」
「わかりました。わたしが案内します」報告をした委員があわてて言った。
「それじゃ、おまえは改革委員会に連絡してくれ。そして、オリオンに、しばらく帰れないことを伝えてくれないか」
「了解しました」もう一人の委員が緊張して答えた。
すぐに二人は出発した。
二つの門のウミヘビとサメの衛視は、二人が急いでいくので、言葉をかけることさえできなかった。
二人は、まずリゲルがいる場所に向った。リゲルやベテルギウスたちは、食料に困らない場所に、それぞれの家族や親戚といる。
シーラじいさんと委員は、二日目に目標としている山に着いた。リゲルは、この近くに家族や親戚と住んでいる。
しばらく探していると、向こうから10個ほどの大きな影が見えた。
二人は、そこへ向った。すると、そこから一つの影が飛びでてきた。
そして、「シーラじいさん!」という声が聞こえた。
「リゲル、元気だったか」シーラじいさんも叫んだ。
「早く会いたかったです」と言ったが、どうしてここへと聞きたがっているを察したシーラじいさんは、「改革委員会の委員が、おまえたちを迎えにきたら、ベテルギウスが行方不明になっているようじゃ」
「えっ、どうしたんだろう。二人の委員が、ベテルギウスを迎えにいく途中、帰りに寄るから、4人で『海の中の海』に戻ると言ったまま誰も来なかったので心配していたのですが」
「最近ベテルギウスと会ったか」
「二度会いました」
「何か変わった様子はなかったか」
「最近、『海の中の海』の友だちが訪ねてきたといっていました。わたしは、互いの家に行くってはいけないということになっているし、今は大事なときだから、絶対に軽率な行動をするなと注意しました」
「よく注意してくれたな」
「どこへ行ったのでしょう?」
「何事もなかったらいいが。今から、やつの家に行く。おまえをついてきてくれるか」
シーラじいさんは、リゲルの親や兄弟に、今までの経緯を説明して、リゲルを危険な目に合わせたことを詫びた。
シャチは、母親が中心の集団なので、母親が前に出て、とんでもない、あなたのお陰で立派な兵士になることができる。これからもよろしくお願いしたい旨のことを述べた。
3人は、ベテルギウスの家族がいる場所に向った。

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