シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんは懸命に泳いだ。べらが心配して、「シーラじいさん、わたしが先に行きますから、ゆっくり来てください」と頼んだ。
シーラじいさんは、「いやいや」と言って泳ぐことをやめなかった。
しかし、翌日ベラを呼んだ。そして、「リゲルやオリオンががんばっているので、何とか早く行こうと思っておった。
もしニンゲンが見つかったとしても、その後のことは、わしがおるほうが安心すじゃろからな。
しかし、わしの体力を考えれば、みんなに、特におまえに迷惑をかける。
それでじゃ。わしのことはほっておいて先に行け。それと、カモメから連絡があれば、おまえが聞いて指示を出してくれればいい」と言った。
「いいですか」ベラが言った。
「アントニスやイリアスたちもどうなったか早く知りたいじゃろ。おまえがすぐに対応したほうがみんな喜ぶ」
「分かりました。カモメによく頼んでおきますから、何かあったら戻ってきますので先に行きます」ベラはそう言うと南に向かって泳ぎだした。
ヨーロッパに来たときのように地中海からインド洋に行くほうが近いのだが、ニンゲン同士の戦争が激しくなり、地中海は一触即発の状態になっていたので、
もし何かあればベラの生命に危険が及ぶかもしれないので、そこを避けなければならない。
だから、アフリカ大陸を回ってインド洋に向かわざるを得なかったのである。

オリオンたちに同行しているカモメは、シーラじいさんとベラがこちらに向かってることや、それからベラが一人こちらにいそいでいることもすでに知っていた。
また、数日前に海底地震があって、せっかく岩に穴を開けてオリオンがニンゲンを助けようとしていたのに、それがすべて水の泡になってしまっていることもリゲルとオリオンから聞いて頭を痛めていた。
地震が起きたときは、確かにしばらく思うように飛ぶことができなかったし、海面も激しく揺れていた。しかし、海底ではそこまでなっているとは信じられなかった。
みんな寝る間も惜しんで海面と海底を行き来したのにと思うと、カモメたちは
言葉をかけることができなかった。
だから、自分たちは頼まれた手紙をもっていくことだけをしていればいいのだが、何か歯がゆさを感じていた。
特にリゲルやオリオンたちと同じようにシーラじいさんと行動を共にしてきたカモメはそうだった。
だからこそ、もっと何かできないか。もっと仲間を助けられないか思うのだった。
元々のカモメの仲間は10羽だったが、数年の間に2羽は事故や病気で亡くなっていた。
今はシーラじいさんのところに2羽、アントニスたちのニンゲンのところに2羽、オリオンたちのところに2羽、後の2羽は何か起きたときに支援に回るようにしていた。
もちろん、それぞれの下には数百、数千のカモメがオリオンたちの活動に共鳴して行動を共にしていた。
ちょうどシーラじいさんから離れてベラが先にここに向かっているので、この配置をもう一度考え直そうと思っていた矢先だった。
オリオンたちを空から警戒している昔からの仲間2羽は8羽の中でもリーダー的な存在だったので、いつも全体にちぃて話しあっていた。
「オリオンのことだから、どんなことがあってもあきらめることはしない。必ず作戦を成功させるだろう」
「それはまちがいない。だから、いつニンゲンが見つかったとオリオンが言ってくるかもしれない。だから、おれたちもいつでも動けるようにしておかなければならない」
「仲間に困ることはなくなったが、今のうちに配置を考え直して、いざというときは慌てないようにしておこうか」
「それがいい」
2羽は、中間管理職ともいうべきもの5羽を入れて会議をすることにした。
「おれたちはリゲルとオリオンの担当をするが、シーラじいさんを担当していた2羽はベラを担当してもらおう。そして、アントニスやイリアスの上にいたものはそのままで、あと2羽は戻ってきてもらって、何かあればすぐにベラの元に飛んでもらおうじゃないか」
「いわゆるシミュレーションをすればどうなる?」
「分かった。リゲル、オリオン、ミラの努力でニンゲンが見つかったしよう。おれたちはすぐにベラに報告をするために急ぐ。
ベラが手紙を作っておれたちに渡す。1羽がそれをもってニンゲンの元に飛ぶ。もう1羽はシーラじいさんに知らせるのだ」
「なるほど。同時に多くの場所に行けるわけだ」
「そうだ。それからもう一つ考えていることがある。仲間は増えた。ひょっとして数千羽はいるだろう。しかし、自分に与えられた指示はどんな意味があるか分からないものがいるだろう。いや。ほとんどのものがそうだ。
その上、事態はどんどん変わる。それに応じて対応を変えなければならないが、今の状態ではそれができるか」
「確かにそうだ。そこまで要求することは無理だよ」
「そこでだ。おまえが言うように新人にそこまで期待するのは無理だから、経験のある者に権限を与えるのだ」
「というと?」
「真面目に指示どおりに動くことが逆に大きな被害を招くことがある。
しかし、おれたち古参のものだけでは状況を把握できない。すぐに状況に応じて指示を変更するものがいる」

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