シーラじいさん見聞録

   

若いシャチは疲れていたはずだが、海面に戻っても、早く海底に行きたいという気持ちにあふれていた。
リゲルとオリオンはそれがすぐ分かったが、何も言わず、「しばらく休め」と命じるだけだった。話を聞いたりすると、さらに興奮して海底の作業に支障が出るからだ。
翌日も特別なことは言わず、「さあ、今日もら忙しくなるぞ」と声をかけるだけだった。
「わかりました。全力でやります」若いシャチは意気盛んにだった。
「よし。気をつけて行こう」
海底に着いた。しばらくすると何か動く気配がする。みんなわかっている。さっそく怪物が来たのだ。
若いシャチは我先に怪物に向かっていった。今や怪物とは友だち以上の関係になっていた。
怪物も、グワッー、グワッーと若いシャチと抱きあうように挨拶した。
「今日もよろしくお願いします」若いシャチが言うと、怪物はダンスをして、返事をするのだった。
「さあ、やるぞ」リゲルが言った。みんなはオッーと挨拶をしてニンゲンが閉じこめられているはずの洞穴を塞ぐ岩に向かった。
昨日は確かに手応えはあったのだ。みんなで力を加えれば、必ず成果は出るはずだ。自分が懐疑的になってはいけない。オリオンは自分を戒めた。
30分ほど交代で体当たりしていると、「動いた!」という声が上がった。
「岩の破片が取れたぞ!」若いシャチが叫んだ。
オリオンはすぐにそこに向かった。確かに小さな破片がなくなっている。「下に落ちました」別の若いシャチが得意そうに説明した。
「やったな。これを続ければ、何とかなるかもしれないぞ」リゲルも叫んだ。
怪物も来ていて、何かしたくてたまらないようだった。「きみにも必ずお願いするからそのときは頼むよ」オリオンは声をかけた。
その後も順調だった。あるときは岩の端が外れたが、それからはびくともしなかった。
オリオンは怪物に、「ここを押してくれないか。かなり厚いのでどうしようもないんだ」と頼んだ。
怪物はウオッーと叫んで、外れた岩を横から押した。しばらくするとそこが折れた。厚さは10センチ以上あるだろう。「かなりはかどったぞ。もう4、50センチはなくなった」リゲルは興奮して言った。
そのとき、一人の若いシャチが、「ぼくらは岩の正面からではなく、横に力を加えませんか。そうするとはがれやすくなるはずです。
そして、今のように怪物に横から押してもらうと、上から崩れる心配もないように思うのですが」と提案した。
「それはすばらしいアイデアだよ」オリオンが感銘した。
「今からやろう」他のシャチも興奮した。
みんなはどこに体当たりするか確認することにした。普通なら今はがれた場所のすぐ上か下になるだろうが、オリオンはかなり上に決めた。
みんなは怪訝そうだったが、オリオンは、「時間がないから正確ではないかもしれないが、今はがれた岩と同じ岩のように見える。
それと、ここがはがれれば、その間を上からでも下からでも体当たりしやすいはずだ」
「わかりました」みんなは納得した。「それじゃ、ぼくらから始めます」若いシャチは我先に体当たりを始めた。
オリオンの判断は正しかった。今までよりはるかに早く岩がぐらついた。怪物は、後は自分に任せてくれと言わんばかりにみんなの背後で、オリオンの指示を待っていた。
「取れた!」みんなが叫んだ。かなり大きな破片が外れた。
オリオンは次の場所を決めた。しかし、もう上がらなければならない。
そういう日が続いた。ある日、海底に降りていくと、いつもはすぐに来る怪物が来なかった。
「どうしたんだろう?」みんなは心配したが、とにかく仕事にかかることにした。
そのうち姿を見せるだろうと誰もが思っていたが、巨大な怪物は来ない。
そのとき、オリオンが、「待て」と叫んだ。「何か動いている。それも大きなものだ。こちらに来るかもしれない。とりあえず上がろう」と叫んだ。
確かにざわついている気配がする。仕方がない。そこを離れた。
上に上がってきたとき、「怪物だけじゃないようだったな」リゲルが言った。
そのとき、海底まで行けないが、カモメと連携して情報を伝えてくれているペルセウスが待っていてくれた。「ミラのようなクジラを見たとカモメが教えてくれたので、シリウスが追いかけていきました」と報告した。
そして、シリウスが戻ってきた。シリウスはオリオンと同じイルカだが、まだ海底までいくことができないので一人訓練をしていた。
海底に行くことができても30分近くは作業をしなければならないので、まだ自信がないのである。
オリオンは、シリウスを励まして、きみにはきみの仕事があるから無理に海底に行かなくてもいいよと声をかけていた。
「シリウス、どうだった?」オリオンが聞いた。
「途中で見失ってしまったよ」と悔しそうに言った。「それは仕方がない。ミラのようだったか?」オリオンがまた聞いた。
「まちがいないと思う。かなり怪我をしているようだった」

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