シーラじいさん見聞録

   

「シーラじいさん、いつオリオンが来てもいいように、ぼくたちもすぐトロムソに向かいましょう。それに、ぼくたちはあのあたりのことはよくわかっていますから危険な目に合うことはありません」リゲルがみんなの気持ちをまとめるように言った。
シーラじいさんもそれがわかっていたので、「そうじゃな。おまえたちが望むのならそうしよう。しかし、ドーバー海峡は危険なので、おまえたちが行き来した大西洋を行こう」
「それなら、オリオンが乗った船を警護できるじゃないか」誰かが言った。
「どの船かわかるのか」誰かが答えた。
「何を言っているんだ!この話が出たときから、カモメはすでに準備している。それらしきトラックが研究所を出たら追いかける者、船を見張る者、おれたちに知らせる者と役割ができているはずだ。もうすぐ連絡が来る」
「そうだったな」
「お膳立てはカモメがしてくれる」
「またあいつらに会えるな」
「遊びに行くわけじゃないぜ」
「絶対油断するなよ」リゲルが話をまとめて、大西洋をめざした。
トラックは午前7時に港に着いた。そして、ベンの4人の部下はオリオンが入っている水槽をシートで隠して、警備船に運びいれた。
そして、甲板の下にある格納庫に入れ、水槽を海水が常に循環するようにセットした。
すぐに警備船は出港した。しばらくすると、格納庫に誰か入って来た。「オリオン、おはよう」という声が聞こえた。ベンだ。
「ベン、おはようございます」オリオンはベンの姿が見える前に挨拶した。
「マイクとジョンから聞いたと思うけど、きみをノルウェーのトロムソ大学に連れていくことになった」
「みんな聞いています」
「ほんとはドーバー海峡から行けば早く着けるけど、ぼくの都合で遠回りするよ」
「そんなことは気にしないでください」
「ありがとう。そこの海洋研究所のアムンセン教授は海の生物の研究については世界的権威で、きみを預けるのは最適だとは判断した。教授もきみに会うのを楽しみにしているそうだ。
ただ、きみのことはイギリスの最高機密ったので、まだ詳しくは言っていない。
しかし、マイクとジョンがきみをサポート役としてついてくれるようになっているので、彼らが教授に話す。
二人が行くまでは少し時間がかかるから、それまでは一人ぼっちだが、教授は親切にしてくれるはずだ」
「こんなときにぼくのことを心配してくれて申しわけありません」
「いや、きみとの約束をどうしても果たしたかったのだ。しかも、その約束はニンゲンを助けるということだから、破るわけにはいかない」
「ぼくも、チャンスが与えられたら、どんなことがあってもやるつもりです」
「ありがとう。途中ぼくに用事があれば、いつでも呼んでくれたまえ」
「わかりました」オリオンは、ベンが何を言おうとしているのかわかったが、それ以上は言わなかった。ベンもうなずくだけだった。

「シーラじいさんたちは大西洋側からトロムソに向かったそうだ」アントニスがカモメからの手紙を見ながら叫んだ。
ジム、ミセス・ジャイロ、イリアスも、いよいよ事態が動きだしたことを知って興奮した。
「カモメがオリオンの乗った船を追尾するので、しばらくは手紙を出さないが、トロムソには気をつけてくるように」
イリアスは、もう待てないという顔をしていたが、アントニスが朝から晩までトロムソに行く方法を考えているのがわかっていたので、声を出してせがむことはなかった。
ただ、不要不急の海外旅行は禁止されていたので、アントニスの思うようには行かなかった。
「それじゃ、フランスまで行ってそこからノルウェーに行くようにしたら」ミセス・ジャイロが提案した。
「パリへ行く電車やバスはかなり規制されているようだから、車でなら行けるかもしれないぞ」ジムも言った。
「道は混んでいるかもしれないが、それのほうが早く行けるな。ジムも心配ないだろう。今から車を手に入れよう」アントニスとミセス・ジャイロが自動車販売店に行くことにした。

毎日2,3回ベンがオリオンを訪れた。そして、「疲れていないか」と身を案じてくれたり、世界の状況を、まるで部下に説明するように話したりしてくれた。
そして、「オリオンはどう思う?」とオリオンの考えを聞きたがった。オリオンも真剣に答えた。
あるときは、「もしぼくの行動が本格的な戦争の口火になりはしないかといつもひやひやしているんだ。軍人失格だよ」ということがあった。
オリオンはどう答えたらいいかわからなかった。「ベンのたいへんさはぼくなどには想像できないものでしょう。今は、部下の命を守ってください」と言うと、ベンはほっとしたようだった。
5日目、ベンは来なかった。甲板の下にいたが、何か緊迫した雰囲気を感じた。
「何かあったか」しかし、オリオンはどうすることもできない。部下の一人が来た。オリオンが言葉を話すことは聞いていなかったので、オリオンの様子を見てから戻った。
翌日、ベンが来て、「今晩トロムソだ!」と叫んだ。

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