シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、先ほど何かあったのかと聞くつもりだったが、ベンは自分のためにあれほど喜んでくれているのだと思うと、もはや聞くことができなかった。「ありがとうございます」心からお礼を言った。
「もう少しだよ。辛かっただろう」もしできるものなら体を抱きしめたいというようにいたわってくれた。それからすぐに出ていった。
一人になると、後半日で次のことがはじまるのだ。もうのんびりしておれないと思った。
しかし、2,3時間立ったとき、船が止ったように感じた。船の動きと連動していた体の振動を感じなくなっていたのだ。
30分ぐらいして、ベンが来て、「オリオン、緊急事態だ!」と叫んだ。
オリオンはベンを緊張して見た。「南の方で小競り合いがはじまったようだ。この船も援軍に向かわなければならない」
オリオンはうなずくばかりだった。「今日未明一度銃撃戦があったのだが、いったん収まったので、当初の監視活動を続けることになったのだが、先ほどまたはじまったので、近海にいる船は全船そこに向かうことになったんだ」
オリオンはいつものように今の状況を解説してくれているのだと思った。
「そこで、申しわけないけど、きみにはここで船を下りてもらう」
「船を下りる?」オリオンは驚いた。
「そうだ。海に戻ってもらう」
「そんなことをしたら迷惑がかかりませんか?」
「いや、そんなことはない。緊急事態のときは、多くのことが艦長に任せられている。それより、きみの体のほうが心配だ」
「いや、ぼくは大丈夫です」
「そう言ってくれたらありがたいが、ここで下りてもらう。本船はすぐに向かわなければならない。
しかし、夕刻になるまでは作業ができないので、しばらく戻ってしまうが許してくれ。なに、1時間もしたら暗くなるから、そうしたらすぐにはじめる」ベンはそう言うと、また慌てて部屋を出ていった。
こんときに、ぼくのために時間を割いてくれるのは申しわけないないと思ったとき、ベンはまた部屋に来た。そして、「マイクたちには連絡しておく。彼らからアントニスやシーラじいさんたちにも連絡が行くはずだから、みんながきみのことを心配してくれる。それじゃ無事を祈る」
「ベンもご無事で」ベンは笑顔でうなずいた。そして出ていった。
オリオンは次のことを考えた。船が南に戻ったとして、トロムソまでは数時間の場所まで来ているのだから、すぐに行ける。そこで、みんなを待つことにしよう。
1時間ほどして、部下が数人来た。そして、急いで、オリオンの水槽を運びだした。それから、リフトで甲板まで上げた。
すでに夜になっていた。しかし、船がは全速力で疾走しているのがわかった。
やがて船のスピードが遅くなったかというとき、オリオンの体は、シートに移された。そして、クレーンがシートを吊りあげて、船外に出した。それから徐々に海面まで下された。オリオンは海に出た。
船は一気にスピードを上げた。オリオンは見送った。ベンはこちらを見ているにちがいない。
ベンは、「また会おう」とは言わなかった。ここからはおまえの好きなようにしたらいいということなのだ。
しかし、ぼくは、約束どおりトロムソに行く。どんなことがあって、約束は守る。ベン、また会おう。オリオンは心でそう叫んだ。
しかし、トロムソに着くことはできるが、その後はどうしたらいいのだろうかと考えた。
どんなことがあっても、みんなを待っていよう。オリオンは船と反対方向に向かった。

アントニスたちはようやくパリに着いた。パリはどこも混雑していた。さらに、飛行機の便数が少ないので、道路はバスや車であふれかえっていた。歩道も人で見動きが取れないほどだった。
アントニスたちは、ノルウエーまでの直行のバスはなく、何度もバスや船に乗り換えなければならないことは調べていた。
まず、ドイツのハンブルグまでバスで行き、そこから、またバスでキールに行くのだ。そこから、船でスエーデンのヨーテボリという町に行くことにしていた。そこは、スカンジナビア半島なので、そこまで行けばノルウェーは近い。
ただ、混雑しているうえに、電子システムがうまく作動しなくなっているので、そこに行くしかないのだ。とにかくあきらめてはどこにも行けないので、何十時間でも待つしかなかった。
ようやく、4人がハンブルグ行のバスに乗りこんだとき、マイクから電話が来た。
電話を取りるやいなや、アントニスは、「えっ!」と叫んだ。しかし、他の乗客も多いので、聞くことはできず、マイクの話を聞くだけだった。「それで、オリオンはどうなった?」と小声で聞いた。3人も聞き耳を立てた。
「うん、うん、そうだな。ぼくらもできるだけ急いでそちらに向かう。きみらは?」
マイクの話が終わると、「それはよかった。どちらが先についても、近辺で待つことにしよう」と言って電話を切った。
3人とも、その内容を聞きたがっているのは分かっていたが、3人を見て、「うまくいっている」とだけ答えた。
ようやく休憩のためにバスが止った。全員急いで外に出た。アントニスはバスの発着場の裏に回った。
そして、「おい、みんな、オリオンが海に戻ったぞ!」と言った。3人は言葉が出ないほど驚いた。アントニスはマイクから聞いた話を聞かせた。
「もうすぐオリオンと会えぞ!」イリアスは叫んだ。アントニスは、「でも、オリオンは今からのことで頭がいっぱいだろう」とイリアスに言った。

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