シーラじいさん見聞録

   

「それに、イギリスやパリから離れているので、最新の情報がシーラじいさんの元に届くのには今以上に時間がかかる。どこかにカモメの中継基地を作らなければならないな」リゲルは、オリオンがアフリカに移動したときのことに頭を巡らせていたが、今以上に障害が増えるように思われた。「しかし、オリオンの動きは歓迎すべきだ」
「そうだ!インド洋に行くのなら、おれとミラとで、海底にいるニンゲンがまだ生きているかどうか調べてきたらどうか。
もし生きているならオリオンにすぐ知らせよう。それがわかれば、オリオンも、おれたちも、そして、仲間のニンゲンたちも、今まで以上に海底にいるニンゲンを救うという気持ちが高まるはずだ。
しかし、死んでいることがわかれば、どうしよう。それでも、アントニスたちはオリオンを救うために今までのようにがんばってくれるだろう。
マイクやジョン、ベンはどうだろうか。言葉を話すイルカを手元に置いときたいということはないだろうか。いや、そんなことはない。みんな、オリオンが大好きで、オリオンを救うためなら、自分が不利益になってもかまわないというニンゲンばかりじゃないか。
ただ、ニンゲンが閉じこめられている海底に通じる穴には巨大な怪物がいた。
あいつは今もいるのだろうか。オリオンとはなかよくなって、襲うことはなくなっていた。もしあいつがまだいたら、オリオンを助けるためにここを通してくれと言おう。
おれたちとニンゲンの間に気持ちが通じるようになっているのだ。同じ海の仲間ならわかってくれるだろう」
リゲルは、ニンゲンが、自ら絶滅するかもしれないという状況になっていながら、オリオンのために動いてくれて、しかも、それが大きく前進したことに興奮していた。おれたちも、今度は海でその善意に応えなければならない・・・。
リゲルは、シーラじいさんにその計画を話した。
「おまえの気持はよくわかる。もしお前が考えているようになったら、オリオンやニンゲンだけでなく、海底にいるニンゲンも、切れかけていた希望の灯がまた大きく燃えるはずじゃ。誰にとっても、希望が、生きる力の元だからな。
そうではあるが、おまえたちは先にすることがある。なぜなら、ベンは海軍の軍人であって、今は寝る間もないほど忙しいだろう。それなのに、オリオンのことを聞いて、すぐに動いてくれた。
しかも、ケープタウンに移るということは最終的な結論ではなさそうじゃから、今後別の場所が浮かんでくるかもしれぬ。わしらもそれに備えておかなければならない。すぐに動くことこそが、わしらの、ニンゲンに対する感謝の態度じゃ。
幸いカモメの仲間がどんどん増えて入る。みんなオリオンを見たことがなくとも、『オリオンを助けよう』というのがい合言葉になっているそうじゃ。
リゲル、おまえは、そういう仲間をたばねて、どこへでもすぐ動けるようにしておけ。
また、おまえたちの体力のことがある。場所はわかるとしても、海底に行ったときから数年立っておる。あの深さは、ミラでも相当の訓練があったからこそ行くことができた。おまえやオリオンでは、備わった能力だけでは決して行くことができなかった。何としても見つけなければという気持ちがおまえたちの体にみなぎったからできたのじゃ。
しかし、いつそのようなことが起きるかもしれぬ。その訓練は怠るな」
あの海底に2回行ったが、途中意識がなくなるような感覚が何度もあった。オリオンも苦しいと言っていた。
しかし、オリオンが弱音を吐いても、そのまま海底に向かったから、おれも負けてはおれなかった。すると、徐々に体が楽になってきたような気がする。
やはりオリオンが横にいないと実力以上の者が出ないのだろうか。それが仲間なのだ。
リゲルが、シーラじいさんの話を聞いてから、もう一度自分がなすべきことを考えていたとき、「仲間」という言葉が頭の中できらめいた。
仲間!そうだ。オリオンを、ケープタウンよりも北極海のどこかに移すことはできないのか。そこには仲間がいる。
リゲルは、もう一度シーラじいさんに会いに行った。そして、「オリオンを北極海のどこかの施設に動かすようにベンに頼んでいただけませんか」と頼んだ。
「あそこは多くの船が航行していると聞いている。それはどうしてじゃ?」シーラじいさんは聞いた。
「先日お話したように、今はクラーケンがいません。船やセンスイカンには注意します。それに、あそこで仲間が育っています。また、海底のニンゲンの母国であるソフィアに近いですし、何より、アントニスたちも北極海のほうが動きが取りやすいはずです」
シーラじいさんは、「わかった。ベラに手紙を作ってもらおう」と答えた。
ベラはすぐに動いて、20分後には手紙をくわえて上がってきた。それをシーラじいさんに確認してもらって、すぐにカモメに渡した。
数日後、カモメがアントニスからの返事を持ってきた。そこには、「こちらの希望は、マイク経由で、すぐにベンに伝えました。それによると、了解した。1か月後には、またアメリアに赴任するので、それまでに結論を出すとのことです。
なお、シーラじいさんやその他の海の仲間には、かさねがさね迷惑をかけている。いつか会えることを楽しみにしていると伝えてほしいとつけくわえています」
リゲルたちは、ニンゲンが絶滅するかもしれないという状況なのに、一頭のイルカのために走りまわってくれているのだと思うと、たまらなくうれしくなった。そして、ベンに会いたくなった。
「わしらが、『海底にニンゲンがいる。すぐ助けなくては』と訴えつづけているからこそ、ニンゲンがわしらのために動いてくれているのじゃ」シーラじいさんがみんなの気持ちを代弁した。
「そうですね。そして、1か月で何らかの結論が出るのですね」リゲルは言った。
翌日から、リゲルはみんなを誘って深く潜る訓練をはじめた。初めての者も喜んで参加した。

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