シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんやリゲルたちに同行している2羽のカモメは、リゲルから近々作戦がはじまると聞かされていた。そして、「あなたたちがいないとオリオンを助けることができません」と言われたのだった。
カモメたちもその期待に応えたかった。
いつもなら、それぞれが、阿吽(あうん)の呼吸で自分の役目をこなしており、仲間と出会ったときに情報を伝えあうぐらいだが、今回は事前に会ったほうがいいと誰もが感じたようで、元々の仲間10羽全員がイギリス海峡の真ん中に集まった。
リゲルから頼まれたカモメが、作戦を伝えると、みんな「いよいよだな」と言った。
「リゲルたちには、オリオンの状態を伝えることが先決だろう」誰かが言った。
「小鳥たちが、どんな小さな穴にでも入りこんで探してくれている。しかし、見つからない」研究所を監視しているカモメが答えた。
「どこかに連れていかれたということはないのか?」
「昼は危険だから、今までは夜しか研究所に近づかなかった。しかし、オリオンが戻って以来、昼も、木の中に隠れて、トラックなどの動きを監視しているんだ。絶対そういうことはない!今日も、この後、二人とも直行するんだ」少し感情的に答えた。
「まあまあ、みんな冷静になれよ」
年長のカモメがなだめた。彼は、オリオンをずっと助けていたカモメの夫だった。
彼は控えめな性格だが、芯が強く、弱音を吐くことがなかった。だから、妻がオリオンの苦境を助けるために飛びまわっているときも、不平一つ言わないだけでなく、自分ができることを積極的にしていた。
しかし、インド洋からスエズ運河を経て、地中海、大西洋と進む旅は、妻にとっては体力手にも無理なので、妻が行くというのを押しとどめて、自分が行くことに決めた。
ただ、自分も体が弱く、どこまでできるかわからなかったが、妻のように、背びれを失っているのに、シーラじいさんたちに守られながらも健気に生きているオリオンの役に立ちたいという思いがそう決意させたのだ。オリオンを、もう一度あの海で泳がせたい。そして、家族と会わせたい。
「他の施設にも行かず、そして、太陽を浴びる場所にもいないということは、まだ治療中だということだ」
夫が分析するとみんなうなずいた。「わしらにはむずかしいが、建物だけじゃなく、出入りする車から下りるニンゲンの様子などから、そういうことをする場所を予測して、小鳥に指示を出してくれないか」
「ああ、わかった。そうするよ。あんたは、時間があれば、研究所の様子を見てくれないか」
「そうしよう」夫は、今まで、5羽の仲間とともに、仲間を集めるために、ヨーロッパの空を飛びまわっていたのだが、オリオンがサウサンプトンの海洋研究所にいることがわかったので、リクルートはやめて、イギリス海峡の様子を見るようにしていた。
「オリオンほど強い意志と勇気を持ったものはいない。傷がどんなに深くても軌跡を起こす」夫は仲間を励ました。
「今度、海に連れていかれそうになったら、一刻も早くリゲルたちに知らせるのがわしらの役目だ。これで、オリオンの運命は決まる」
みんなは黙ってうなずいた。
「わしら10人のチームワークだけではなく、ここで仲間になったものたちとのチームワークも大事だ。
研究所にいる小鳥たちも、ただ監視するだけでなく、何か変わったことがあればすぐに報告させるようにしなければならない。
また、海の監視をする仲間はまだまだ少ない。わしも、暇を見つけては仲間を集めるが、今は静かでも、クラーケンがいつ来るかわからないから、大勢で監視しなければならない」
「あんたが言うとおりだ。時間があれば、ときおり会うことにしようじゃないか」
「リゲルたちも、そろそろ動きだしているころだ。ひょっとしたらペルセウスはもうオリオンの近くにいるかもしれない」
「よし、おれたちも動こう」

ペルセウスは、シーラじいさんからイギリス海峡の様子を聞いていたので、迷うことなくサウサンプトン水道の入り口が見える場所に着くことができた。
「ひょっとしてオリオンはこのあたりまで連れてこられたのだな。そして、この奥にある海洋研究所に戻されたのか。
あのとき、おれがいれば、すぐにリゲルやミラを呼びに行き、助けることができたのに」
ペルセウスは、サウサンプトン水道の中に入り、どのくらいの深さ、幅があるのか調べることにした。
「ここはミラには狭いな。奥までこの状態なら、ここには入れない」ペルセウスは頭を海面から出して、外の様子を見た。
そのとき、「ペルセウスじゃないか!」という声が空から聞こえた。
ペルセウスは、ぐるっと体を回し、声のほうを見上げた。カモメだ。
体を戻して、「やあ、久しぶり!」と叫んだ。
カモメは、ペルセウスの前に行き、波の上に止った。
「よくわかったな」
「そろそろきみが来るかもしれないと、みんなで話していたのでね」
「そうだったのか。先遣隊として、このあたりの様子を調べているんだ」
「なるほど。最近は、きみの出番が少なかったからな」
「そうそう。おれもむずむずしていたんだ。ようやくおれしかできないことができそうだ」
ペルセウスは、サウサンプトン水道の奥を見た。

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