シーラじいさん見聞録

   

5メートル四方の檻が動きだした。ここまで運んできた船は戻っていった。
それじゃ、この檻は、別の船が引っぱっていくのか。
オリオンは、檻が進むほうを見た。確かに暗闇の中に光が見える。100メートルは離れているようだ。
自分が囮(おとり)となって、何か近づいてきたら、ニンゲンはどうするつもりだろうか。センスイカンかヘリコプターがすぐに攻撃する態勢を取っているのか。
檻はゆっくり進んだ。静かだ。何か聞こえてきた。ぼくの声だ。やはり仲間をこうしておびきよせようとしているのだ。オリオンは、檻の外をうかがった。しかし、静まったままだ。
また、海面に上がったときにも、外の様子をうかがった。
何回もそうしたとき、「オリオン!」という低い声が聞こえた。監視カメラに捉えられないように、ゆっくりあたりを見回した。「オリオン、上だ」カモメだ。カモメがきてくれた。何羽もいる。
「みんな来てくれたんですね」オリオンも小さな声で答えた。
「録音されているかもしれないから、返事はしなくてもいい」
「きみがイギリスに連れてこられたことはみんな知っている」
「シーラじいさんやリゲルたちも、そして、アントニスやイリアスも、さらに多くのニンゲンの仲間も」
「そうですか」
「海に連れてこられたことも、アントニスたちは知っている。この近くのホテルににいるんだ」
「リゲルたちがぼくを助けにきたら、攻撃されないか心配しています」オリオンはなるべく手短に言った。
「リゲルたちはここから2,3日離れた場所にいる。シーラじいさんは、前の場所から、最短距離で来たが、リゲルたちは、安全のために西に向かってから北に進んだ。
しかし、最近はクラーケンが身を潜めている。そのほうがより危険だから、シーラじいさんは、リゲルたちに会うために西に向かっているところだ」
「それなら安心です」
「おれたちも、2羽がリゲルたちにつきそい、2羽がシーラじいさんに同行している。
残りの6羽、いや、今は100羽ぐらいの仲間がきみをみまもっている」
「それじゃ、リゲルたちも大丈夫なんですね」
「心配ない。ところで、きみは大丈夫か」
「大丈夫です」
「でも、何か聞こえる」
「背中に何か埋めこまれていて、それが、ぼくの声を流しているのです。ところで、ここはどこですか?」
「シーラじいさんの話では、イギリスの南のイギリス海峡という海だそうだ。このまま行けばフランスだ。
左ばドーバー海峡。右に行けば、大西洋、そこにリゲルたちがいる」
「おい、ニンゲンがこちらを見ているぞ!」
「わかった。それじゃ、また後で」6羽のカモメは飛たった。
オリオンは、ニンゲンが近づいていないか様子を見た。大丈夫だ。ぼくの声が、話をうまく隠してくれたのかもしれない。
そうか。みんな、あきらめることなくぼくを助けようとしている。そして、ぼくが海にいることは大きなチャンスなんだ。もし、檻を脱出することができたら、何もかも解決する。
オリオンの体に力がみなぎってきた。天井は鍵で閉められているだけだ。
オリオンは。そっと天井を背中で押した。ガチャという音がして、少し開いたような気がした。しかし、それ以上は開かない。
今度は下まで潜ってから大きくジャンプしてぶつかった。こうすれば、背中の機器をつぶし、そして、天井を開けることができるかもしれない。
ダーンという音が響いた。少し手応えがあった。もう機器はつぶれただろう。ニンゲンが気づくまえに逃げられたら。
オリオンは、無我夢中でぶつかった。頭は打たないようにしようと気をつけていたが、勢いがついて何回も頭を打った。
早くしなければ・・・。ダーン、ダーンという音が暗闇に響いた。
カモメは、大きな音がしだしたので、すぐに檻に近づいた。オリオンが激しく体を打ちつけていたので、あわてて声をかけたが、オリオンは気づいていない。
「どうしたんだ?」
「オリオン、やめろ!」
「そんなことをしたら死んでしまうぞ!」
オリオンは、もう動くことができなく、ぐったりしてきた。
だから、檻の動きが止ったのをオリオンは気づかない。やがて、檻を引っぱっていた船が戻ってきた。
数人のニンゲンが檻の上部の通路に来た。「動いていないぞ!」、「クラーケンが襲ったのか?」檻はすぐに持ちあげられ、船の水槽に納められた。
背中の肉が見えるほど傷ついていたのがわかったので、すぐに海洋県境所に戻った。
オリオンの治療がはじまった。「背中のけががひどいが、頭を打っているのが致命傷のようだ」、「もうだめかもしれない」、「できるだけのことをしよう」
背骨を骨折していたので、体を固定したが、意識は戻らないままだ。

2羽のカモメが慌ただしくホテルに来た。「どうしたんだ?」アントニスは、オリオンに何かあったことはすぐにわかった。「けがしでしたのか?」カモメはうなずいた。
「ひどいけがか?」カモメはうなずく。
「海洋研究所に戻っているのか?」カモメは、またうなずく。
「どうしたんだろう?」イリアスが心配そうな顔をして聞いた。
「クラーケンに襲われたのか?」
「カモメは、そういうことはなかったと言っていた」
「それなら、なぜ?」3人は、顔を見あわせた。

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