シーラじいさん見聞録

   

2人は、クレタ島最大の町イラクリオンに向かった。ホテル代を節約するために、バス停で一夜を明かした。
そして、何回も乗りついで、3日後ようやくイラクリオンに着いた。駅の公衆電話から、イ・カシメリニのクレタ島支局に電話をした。
若い女性が道順を教えてくれた。バスの番号を教えてくれたが、2人は、観光客の間をすりぬけながら早足で急いだ。
1時間後、繁華街のはずれにある3階建ての古ぼけたビルに着いた。2階に上がり、新聞社の部屋をノックした。部屋に入ると、道順を押しえてくれた女性と若い記者がいた。
2人を見ると、若い記者は、すぐに立ち上がり、「本社から取材をするように指示があったのですが、ここにはぼく一人しかいないので、なかなか時間が取れなくて」と謝った。
アントニスは、「いや、こちらこそ電話がないので迷惑をかけました」と答え、イリアスを紹介した。
記者は、「ああ、イリアス、よく来てくれたね。疲れていないかい?」と声をかけた。
イリアスは、緊張をして「大丈夫です」と答えた。
「それはよかった。それじゃ、ゆっくり話を聞きましょう。その前に、ぼくはアレクシオスです。アレクシオス・カラマンシス。
それから、本社から、ホテルをお世話するように言われています。ぼくも、何かごちそうします」と早口で言った。
アントニスは話しはじめた。しかし、シーラじいさんから、いくら話を聞いてくれても、信用できる相手かどうかはよく観察するように言われていたので、まず手紙に即した内容を話した。そして、自分が描いたオリオンの絵を見せた。
記者は、じっと見ていたが、「何だかおかしいな」と独り言のように言った。
「わかりましたか。背びれがないのですよ」
「背びれがない!それで、ちゃんと泳げるのかい?」
「泳げます。ぼくも何回も見ましたから。もちろん何か影響があると思うのですが、全然わかりませんでした」
「ふーん。ところで、イリアス、どんなふうにそのイルカを連れていったのかい?」
イリアスは、「船です。どこからか船が来ました」と答えた。ヘリコプターと言うと、信用されないかも知れないと、二人で話しあっていたのだ。
アントニスは、「その時、イリアスは頭をひどく打っていたから、少し記憶が定かじゃないんです」と助け舟を出した。
「そうだろうな。イルカやシャチに襲われなくてほんとによかった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。地中海のあちこちで、突然、イルカやシャチ、クジラなどが暴れだすなんて、考えられないよ」
「何が原因なんですか?」
「それを究明売るために、あちこちで国際会議が開かれているんだ。クレタ島もそうだ。それで、取材で忙しくてね」
「子供がかわいそうですね」
「そうだ。このまま行けば、温暖化以上に、人間が絶滅するきっかけになるかもしれないと心配している科学者もいる」
「温暖化に対して怒っているのではないでしょうか」
「イルカやシャチがか。さすが芸術家だ。確かに海の生き物はどんどん北上しているけどね」 記者は、それは信じられないというように言った。
「ところで、スパダ岬に白い建物があるでしょう?」
「ああ、海洋研究所。それが何か?」
「いや、ぼくらが探しているイルカについて、何か知っているのではないかと」
「それはどうだろう。とにかく、本社では、この話が本当なら、誰が、どうしてそのイルカを捕まえたのか調べる価値があると思っているのです」
「はい」
「2人の話を聞いて、イリアスを助けたイルカがいることはまちがいがないことはわかったので、今から記事を書いて、本社に送ります。
あなたたちは、テスピナがホテルまで案内するので、そこでしばらく休んでいてください。ぼくは、後から行くので、食事をしましょう」
アントニスとイリアスは、金髪のテスピナとともにホテルに向かった。
オリオンが連れてこられた巨大な水槽には、イルカが10頭近くいた。しかし、相当広く、ほとんどのものが、必要なとき以外は顔を出さないので、はっきりした数はわからなかった。
しかし、突然ここに連れてこられたためか、誰も一言も話そうとはしなかった。互いに近づくこともしなかったからだ。
ただ、毎日1頭ぐらいが、どこかに連れていかれて、4,5時間すると、また戻ってきたが、二度と戻ってこないものもいたようだ。
すると、どこからか1頭が補充されるというように、常に10頭前後いた。
その中に、子供が1頭いた。声が出さないが、いつも泣いているようだった。
オリオンは、できるだけその子供の近くにいるようにした。しかし、壁に頭を向けていることが多かったので、オリオンに気づいていないようだった。しかし、オリオンは、声をかけなかった。
しかし、潜ったとき、オリオンは必ずついていった。それに気づいたのか、少し近づいてくるようになった。
やがて、「きみはどこから来たの?」と聞いてきた。「この島の近くだよ。遊んでいたら、突然襲われた。そして、気がついたら、ここにいたんだ」オリオンはそう答えた。
「ぼくもそうだ。でも、ぼくらはどうなるんだろう?」
「わからないが、絶対助かるよ」オリオンの言葉に表情が変わった。

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