シーラじいさん見聞録
シーラじいさんは、思わず目をつぶったまま、大きな声を出した。
「さあ、オリオン、みんなが起きてこないうちに出発するぞ」
そして、目を開けて、あたりを見まわした。
波は金色に輝き、静かに揺れていた。満天の星は、すべてどこかに消え、白っぽい月だけが取りのこされていた。
島影は、どこにも見えなかった。
シーラじいさんとオリオンは、あてずっぽうに泳ぎだした。
ウミネコのような鳥が何十羽と、大きな鳴き声を出しながら、空を通りすぎた。
夜は、何も見えないから、朝早く動くことにしたが、何も見えないのであればどうしようもない。とにかく誰かに聞くことだけが頼りだが。
シーラじいさんは、鳥たちは、どこかの島に住んでいるということを聞いたことがある。だから、鳥の行く方向に行こうかと言った。
それで、鳥の様子を観察することにした。
しかし、鳥はさらに増えたが、三々五々甲高い声を出しながら空を飛びまわっているだけだった。早朝になって、魚を求めているだけのようだ。
「ああ、だめだ。それなら、星を見て方角を決めるしかないのか」とシーラじいさんはつぶやいた。
「星を見てわかるの?」
「そうだ。星は同じ場所にあるから、それを見て、自分たちが、どっちへ、どれくらい動いたかわかるだ」
「シーラじいさんは、何でも知っているなあ」と、オリオンは感心したように言った。
「なあに、聞いたことがあるだけで、実際は何もできない」
「誰に聞いたの?」
「人間だ」
「人間?」
「人間か。わしらがいる海も、島も、そして、島より大きい大陸も、地球という大きくて丸いものにあるのだが、そこには、何万種類という生き物がいる。
人間は、その一つだ。しかし、人間は、飛びぬけて頭がいい動物で、たくさんのことを知っていて、さらにもっと知ろうと思っている。
だから、わしらは、海の奥深くにいるが、人間が落としたものを拾って、人間や地球のことを知っているというわけじゃ」
「人間は、昔からいるの?」
「いや、わしらよりずっと後から生まれきたようじゃ。しかし、道具を作って、他の動物だけでなく、自分たち同士も殺しあって、地球のどこにでもいるようになった」
「道具?」
「ときどき海で見るどんな魚より大きい船というものや、空を鳥のように飛んでいる飛行機というものだ」
「ああ、あれが人間か」
「知っているのか?」
「お兄ちゃんが、その船というものが起こす波を飛びこえて遊んだと言っていた。
今度、ぼくと妹を連れていってやろうと約束してくれていたんだ」
「それは楽しそうだな」
「でも、パパとママには内緒なんだ。昔、人間は、ぼくらを殺したり、どこかに連れていくこともあったから、船には近づくなと言っているからなんだ」
海は、鳥の鳴き声が聞こえるだけで、しーんとしていた。
オリオンは、今は悲しそうに泣くことをしなかったが、時々、びっくりするほど高く飛びあがり、空中で体をくるっと一回転させてから、ざぶんと海にもどってきた。
大きな波が起き、シーラじいさんの体は、大きく揺れた。
「すごいことができるんだな。オリオンは」
「飛び上がってから体を回せば、一度にあちこち見られるんだ。お兄ちゃんもすごいけど、パパは、鳥を捕まえられるぐらい飛びあがることができるんだ」オリオンは、得意そうに言った。
「そうして飛び上がれば、島はすぐに見つかるな」
シーラじいさんは、そう言ったかと思うと、大きな声で叫んだ。
「見ろ。あれは、おまえの家族じゃないか!」
向こうに、何か大きなものが5,6頭泳いでいた。
「すぐに行ってこい!」
オリオンは、何も言わずあわててそっちに向った。
あれが、オリオンの家族なら、今頃再会を喜んでいるだろう。しばらく待って、オリオンが帰ってこないなら、わしは一人で行くとしようと考えていた。
すると、カリカリ,キリキリという音が聞こえてきた。
波が盛りあがり、それがこっちに向ってきた。
「オリオン、帰ってきたのか。あれは、おまえの家族じゃなかったのか」
「ちがっていた。パパたちのことを聞いても知らないと言っていた」
「それは残念だったな」
「おじさんは、わしらについてきたらと言ってくれたが行かなかった」
「おまえは、わしのことを心配して帰ってきてくれたのか」
二人は、また動きだした。ときどきオリオンは、高く飛びあがり、くるっと一回転して、あたりを見まわした。
昼過ぎ、飛びあがったオリオンが、シーラじいさんに叫んだ。
「シーラじいさん、向こうからへんなやつが来る。すぐに海の奥に行くんだ!」
シーラじいさんは、それが何か聞きたかったが、言われるままに海にもぐった。
その瞬間、3メートルはあるかと思われる、黒々したものが、ものすごい勢いでシーラじいさんを追った。