シーラじいさん見聞録

   

影のような大きなものが、尾を高く上げて、海にもぐると、海が大きくもちあがった。
オリオンは、その波に煽られて、体が二転、三転したが、すぐ元に戻して、無我夢中で、その後を追った。
シーラじいさんは、左の鰭(ひれ)を一つ失っていたが、残りの鰭を力いっぱい動かして泳いだ。しかし、大きな影がすぐ後ろまで来ているのを感じて、体を反転させたりして逃げつづけた。
影はどこまでもついてきた。朝陽がさしていた海は、ようやく暗闇になった。しかし、影の気配を消えなかった。
このあたりでは、シーラじいさんほど大きな魚はいないうえに、動きが遅いから、あきらめないようだ。
その影の動きは、前よりは早くはなくなったが、シーラじいさんの後をついてきているのはまちがいがない。
シーラじいさんは、休むことなく泳ぎつづけた。しかし、もう観念するほかないと思った矢先、カリカリ、キリキリという音が聞こえた。
あれは、オリオンが出すクリック音だと思うやいなや、何か鈍い音がした。
オリオンに何か起こったのと思ったが、もどるわけにいかない。
何回か反転しながら、さらに下をめざした。
そのとき、オリオンは、自分より3倍はあろうかという大きなものに体当たりしていたのだ。
オリオンは、ハシナガイルカという種類で、くちばしが長い。だから、そこでぶつけても、相手を脅かせないと考えたのか体でぶつかっていった。
しかし、大きな影は、オリオンぐらいのものに体当たりされてもひるむようなことはなかったが、あまりにしつこいので、体を反転して、オリオンに向っていた。
すると、オリオンは、すばやく体の向きを変えて、反対から体当たりを続けた。
やがて、その影は、オリオンの攻撃を無視して、またシーラじいさんを探してはじめた。
しかし、オリオンが、その影の行く手をしばらくでも遮ってくれたので、シーラじいさんは、距離を開けることができた。
もうついてこないようだと思ったが、油断はできないので、行けるところまでは行くことにした。
やがて、黒々としたものが見えてきた。また海山があったのだ。シーラじいさんは、急いで岩と岩の間に身を潜めた。
ほっとする間もなく、二つの影がもつれながら近づいてきた。
オリオンは、攻撃をあきらめていないのだ。もつれながら、上にあがって行ったかと思うまもなく、シーラじいさんのすぐ近くまで降りてきた。
シーラじいさんは、オリオンの加勢をしようと思ったが、もう体は動かなかった。
やがて、二つの影は、またどこかに行った。そして、何の音もしなくなった。
騒ぎに驚いたのか、クラゲや魚は、どこにも見えなかった。
固まった暗黒がはてしなく広がっているだけだった。
「オリオンは、大丈夫か」シーラじいさんは心配になった。
そのとき、カリカリという音が聞こえだした。
シーラじいさんは、体を起こして、その音が聞こえるほうを探した。
しばらくすると、「シーラじいさん」という小さな声が聞こえた。
「オリオンか」
「そうです」
「わしは、ここにいるぞ」
カリカリという音が大きくなった。そして、オリオンが、シーラじいさんの前にあらわれた。
「おお、オリオン、無事だったか」
「シーラじいさんも大丈夫ですか」
「なんとか無事だ。少し噛まれたようだが」
「大きなやつでしたね」
「あいつはどうした」
「ようやくあきらめてどこかへ行きました」
「あいつは、何者ですか」
「多分、サメという獰猛な生き物のようだ。もう少し大きければ、わしもおまえも、ひとたまりもなかった。
わしの国にもあらわれることがあるが、わしらを襲ったことなどない。ここらのものは、また別の種類のようだな」
「今後は、気をつけなければなりませんね」
「それにしても、おまえは勇敢なやつだ」
「シーラじいさんから離さなくてはと思い、無我夢中でした」
「待てよ、おまえたちは、音を出して、物がわかるが、サメは、そんなことをしなくても、2キロ先の生き物がわかる能力を持っていると聞いたことがある。しかも、一滴の血を100万倍に薄めても、そのにおいを感じとることができるらしい」
「どういうことです?」
「わしらは、けがをして血を出しているかもしれない」
「ここは真っ暗ですが」
「わしらが動いたときに出る電気信号でわかるらしい」
そのとき、オリオンは、カリカリというクリック音を出した。
「どうした?」
「誰かいます」
「いまのやつか?」
「もっといます」
「こいつはまずいぞ」
「どうします?」
「オリオン、なるべく狭い場所に隠れろ」
オリオンは、シーラじいさんの横にある岩の間に身を入れた。
シーラじいさんは、オリオンがけがをしているようだと思った。そして、ここをどのように抜けだそうか考えた。

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