シーラじいさん見聞録

   

カリカリ、キリキリというような音が聞こえた。
シーラじいさんは目が覚めた。ゆっくりあたりを見回したが、暗闇には、クラゲが光を放ちながら、ふわふわ泳いでいるだけだった。
しかし、カリカリ、キリキリという音は、だんだん大きくなってきた。
「これは、クリック音だ」と倉本さんが言った。
わたしは、今までダイビングをしたことがなかったので、こういう音を聞いたことがなかった。しーんとした中で、かなり響く音だ。
その音は、どんどん近づいてきた。すると、暗闇に、黒い影が突然あらわれた。
「ああ、帰ってきてくれたんだな」シーラじいさんは大声を出した。
「家族には出会えなかったか?」
その影は、少しうなずいたように見えた。
しばらくして、「おじさん、疲れは取れたの?」という声が聞こえた。
シーラじいさんは、信じられないよう顔で、イルカを見た。
「ああ、ようやくしゃべってくれたな。おまえは、また一晩中起きていたのか」
「いや少し眠った」
「そうか、それはよかった」
シーラじいさんは、話を続けるために、「こんないいところをどうしてわかったのだ?」と大きな声で聞いた。
「こんなふうに音を出せば、形や大きさがわかるんだ」子供のイルカは、そう言うと、カリカリ、キリキリという音を出した。
「そうか。前に、そんな音は聞いたことがあるけど、おまえたちが話をしていると思っていた」
「それは、こんな音だよ」イルカは、ピーピーというような音を出した。
「それはすごい能力だな」
「パパやママは、どんなに遠くのものでもわかるし、どんなに離れていても話ができるんだ。お兄ちゃんも、だんだんできるようになってきた。ぼくと妹は、今練習しているところなんだ」
「わしらも、近くならできるけど、遠くは無理だな」
シーラじいさんは、ウォー、ウォーという鳴き声のような音については聞かないようにした。
「それじゃ、またおまえの家族を探そうじゃないか」そう言うと、「海の終わり」に向って及びだした。
夜明けまでは時間がありそうだった。空には、無数の星が、まだ輝いていた。
「ところでおまえはなんていう名前だ?」
「名前?」
「名前はないのか」
「名前って?」
「あそこに、きれいなものが光っているだろう」
「・・・」
「あれは、星という名前だ」
「星」
「星にはさらに名前がある」
「どうして?」
「あんなにもたくさんあるから、他の星と区別するため、一つずつ名前がある」
イルカは、黙って満天の星を見上げていた。
「じゃあ、おまえにも名前をつけてやろう。オリオンはどうだ」
「オリオン?」
「あそこに、大きな星が二つ見えるだろう?それぞれの横に星があって、また、その間に、三つの星がある。全体で、狩人の格好をしている。それをオリオンといっている」
「じゃあ、たくさんの星で、一つの名前になっているの?」
「そういうことだな。しかし、おまえは、小さいのに賢いなあ」
「オリオンは、何をしているの?」
「わしも詳しくは知らないが、オリオンは、優秀な狩人だったが、乱暴者だったので、神様が、さそりを使って殺したらしい」
「神様って?」
「神様とは、わしらを作ったお方じゃ」
「でも、殺されるのはいやだよ」
「神様は、オリオンを殺したことを後悔したのだ。だから、一番輝く星にして、永遠に生きるようにしたかもしれないぞ。誰にでも、まちがいはあるし、後悔もするものだからな」
シーラじいさんは、その子供のイルカが、オリオンという名前を気に入ってくれたようでうれしかった。
すると、「おじさんの名前は?」と聞いてきた。
「わしか。わしは、ほんとはおじいさんで、みんな、シーラじいさんと呼んでいる」
「シーラじいさんは、どこから来たの?」
シーラじいさんは、オリオンに、自分の国で起きたことや、その後エイの仙人に助けられたことなどを語った。
話しおえたとき、朝陽がさっと昇った。