シーラじいさん見聞録

   

「それに近づくとどうなるのですか」とオリオンも少し動転した。
「吸いこむとわしらはすぐに死亡する」
「そんなものが海にあるのですか」
シーラじいさんは、「海にはわしらでもわからないものが数多くある。わしもニンゲンが書いたもので知っただけじゃが」
「どうしてそんなものが」
「地球が生まれたとき、まだ酸素はなく、硫化水素やメタンと言われるものしかなかった。やがて生命が生まれたが、当然それらを栄養にした。
その後、二酸化炭素と水で酸素が合成されると、それまで毒じゃった酸素を取りいれる生物が出てくるようになった。それがわしらの祖先と言われている。
しかし、地球の奥にはまだ硫化水素があって、それが地殻から出ている。だから、昔の生物は生きているのじゃろ」
「それじゃ、ミラたちが見たのは、怪物ではなくて、地球の奥とつながっている穴だということですか?」
「多分そうじゃろ」
「みんな無事に帰ってくるだろうか」、「海の底にも海があるのか」と2人はつぶやき、顔を見合わせた。
翌日、ミラとともに3人が帰ってきた。
「大丈夫だったか」2人は駆けよった。
ペルセウスは、「心配かけたけど、大丈夫だ」と言ったあと、「ミラから聞いたけど、『海の中の海』に戻ることが決まったのだな」と付けくわえた。
「そうだ。シーラじいさんの考えだ」とリゲルは答えたが、ペルセウスたちが見てきたことを早く聞きたかった。
それは、ペルセウスたちもいっしょで、ミラが呼びにいったシーラじいさんが来るまで待てないようだった。
シーラじいさんがようやく来た。ペルセウスは、シーラじいさんに謝ると、見てきたことを話しはじめた。
「ミラがいなくなったあと、おれたちは、ミラが言っていた骨が散乱している場所に向ったんだ。
暗闇の中で白いものが浮かびあがっていたので、ゆっくり近づくと、それが墓場だった。何百、何千という骨だ。それがうずたかく積もっている。そして、どの骨にも無数の生物が取りついているのが見えた」
シリウスとベガも、引きつった顔でうなずいた。
「それから、一度海面に戻ったが、みんなで、なぜあんなことになっているのかと考えていると、どうしても怪物を調べたくなったのだ。
ミラから聞いていたように、墓場から50キロぐらい行くと、風景は一変した。
山が連なり誰一人いない。どこからか怪物が出てくるかもしれないので用心しながら、あたりを調べた。
聞くことには誰にも負けないシリウスと、どんなに遠くのものでも見えるベガがいてくれたので心強かった」
「動くものは全く見えないし、何も聞こえなかったわね」ベガはシリウスに同意を求めた。
「そうだ。全くの沈黙の世界だった」シリウスが答えた。
「さらに近づくと、山の頂上にいたのだ、怪物が。とてつもなく大きくて、丸いものがこちらをじっと見ていた。今にも飛びかかりそうに、体のまわりがゆらゆら動いていた。
おれは、下のほうから怪物に近づこうとしたけど、だんだんくさくなってきたし、熱くもなってきた」ペルセウスが再び話しはじめた。
「きみらが見たのは、怪物ではなくて、巨大な穴なんだ」オリオンが言葉を挟んだ。
「穴!」ペルセウスが叫んだ。
「そうだ」
「それじゃ、まわりで動いているものはなんなの?」ベガが聞いた。
「多分、硫化水素を栄養にしているものは小さいが、巨大な者もいると聞いている」
「それが原始生物ですか?」リゲルが言った。
「多分」
3人は、まだ怪訝そうな顔をしていた。
オリオンは、硫化水素や酸素、あるいは原始動物やその生態などについて、シーラじいさんから聞いたことを3人に話した。
「そうだったのか。あれはおれたちを待ちうけている怪物だと思った」ペルセウスは唸るように言った。
「それでわかったわ。その怪物から、何か大きな動物が出入りしたのを見たのよ」
「本当か?」リゲルが叫んだ。
「まちがいないわ。近づくと、ものすごく熱いものが激しく噴きだしているの。
においもきつくなったので、離れた場所から様子を見ていたら、噴きでているものが少なくなるときがあるの。
においも弱まったので近づくと、その怪物、巨大な穴ね、そこから何匹が大きな者が出てきたの。そうね。怪物なら、出入りするなんてことがないもの」
「そうそう、そう言っていたな。ベガから聞いたけど、そいつらはすぐに引っこんだので、ぼくとペルセウスは見ていないんだ。
ぼくは、噴きだすものがシューシューという音をさせているのは聞いたけど。
そのときは、怪物が呼吸をしている音だと思ったが、地球の奥から出ているものだとはな。しかも、それが毒だなんて思いもよらなかった」シリウスも言った。
「そうすると、穴に近づいたものが毒にやられたのか、あるいは、穴から出てきた者に殺されたのかわからないが、あの墓場と穴とは関係があるようですね」リゲルはシーラじいさんを見た。
「穴の内でも外でも、魚のような者がそんな危険な場所にいるとは信じられないが」シーラじいさんは答えた。

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