シーラじいさん見聞録

   

シャチの若者は夢中になった。「安全な場所」では、つまり、自分の社会では、1人で、あるいは、みんなでどう食料を取るかを教えられるだけだった。
もちろん、生きていくためにも、社会を守るためにも、それ以上のことは必要ないのだが、リゲルやオリオンが教える作戦は、敵とどう戦うか、敵の裏をどうかくかということが中心だったので、若者の好奇心を満たしたのだ。
ただ、クラーケンの部下は自分たちより数倍大きいと聞いていても、自分たちは、クジラと戦っても負けることはないという自負のためか、訓練をどこか遊びと捉えているところはあった。
また、事態が悪くなれば、やつらを「安全な場所」に引きつけろとリゲルが言ったときは、若者は口を揃えて、「それはできない」と拒否した。「安全な場所」は、社会にとって一番神聖な場所なので、それは考えられなかったのだ。
リゲルは、最悪のことを想定したのだが、若者の気持ちが理解できるので、それ以上はふれなかった。
とにかく、若者は、明日もお願いしたいと言って帰っていった。
若者を見送りながら、「シーラじいさんが言うとおり、ぼくらも、するべきことをしておいたら、広い世界でも孤独じゃないよ」とオリオンが言った。
「そうだな。クラーケンに賛同するものが天地に満ちても、ぼくらはやるべきことをしておけばいいのだ」リゲルも賛同した。
そのとき、体がふわっと浮いた。驚いてあたりを見ると、すぐ近くで、波が山のようになった。
「ミラじゃないか」オリオンが言った。20メートルぐらいのところにミラの背中があらわれた。
そして、波がおさまると、「リゲル、お帰り」と言った。
「『リゲル、お帰り』じゃないぞ。きみらを待っていたんだ」オリオンが少し怒った声を出した。
「何かあったのか」
「『海の中の海』に帰ることになったんだ」リゲルが答えた。
「そうだったのか」
「ところで、どこへ行っていたんだ?そして、みんなは?」オリオンが聞いた。
「まだ向こうにいる」
「向こう?」
「そうなんだ。シャチの若者がここの言い伝えを話していただろう?」
「言い伝え?」リゲルが聞いた。
「自分たちよりはるかに大きい怪物が、大きな穴にいて、そこを通ると、穴から飛びだしてくると」
「ああ、そうだった。それで、1人で潜るのは危険な場所があると言っていたな」オリオンが思いだした。
「ほんとにそんな場所があるのか少し調べようと思ったんだ。しかし、海底をぐるっと見てまわったけど、何もなかった。
もう少し見ようと思って、そのまま行くと、ぼくの仲間の大きな骨があった。
5,6体分ぐらいかな、しかし、パパに聞いたことあるけど、ぼくらは、そんなことにならないはずなんだ。
そこで、そこを中心に回ってきた。すると、そこから50キロぐらいのところに、ぼおっと白く光るものを見つけた。
近づくと、それも骨なんだ。ものすごい量だ。5,60体の骨が固まっているんだ。
まだ、死んで間がないのもあった。ぼくらの仲間だけでなく、きみらの仲間のものもあった。
まるで海の墓場だ。ぼくは身震いしたよ。そして、ここは、若者が言っていた場所ではないかと思ったんだ」
2人は顔を見合わせた。
「ぼくは、またそこを中心に回った。やがて、海底の岩が盛りあがり、数キロおきに、巨大な丸いものがあるのを見つけた。直径4,50メートルはあった。
こいつが怪物かと思って、しばらく様子を見ていた。確かに円のまわりはものすごく高くなっていて、何かが動いている。波に揺らぐ海草のような動き方だ。
ぼくらのように大きな者がどうして、あれに捕まるのか不思議に思った。
さらに近づくと、熱くなってきて、においがしてきた。
だんだん吐き気がしてきて、気が遠くなりそうだった。これ以上は危険だと判断して、ぼくは帰って、みんなに話した。オリオンはいなかったが。
ペルセウスは、『それじゃ、おれが見てきてやる』と言って聞かないんだ。シリウスもベラも行くというし、それで、みんなで行くことになった」
聞いていた二人は言葉も出なかった。
「これ以上行くなと忠告したんだが、3人は、どんどん骨や怪物のほうに下りていった。
ぼくは危険なときはすぐに向うようにしていたが、3人は無事に帰ってきた。
ペルセウスたちは帰ってくると、あの丸い怪物は十数個いるが、一つの怪物から特にくさいにおいが出ている。しかし、どれも、その場から動こうとしないと報告した。
そして、『あの骨は、あのにおいにやられたものの骨にちがいない』
『それじゃ、どうして、あそこに集まるのだろう?』『怪物は、あそこに持っているって食べるのよ』などと、3人は、一晩中興奮していた。
『もう帰ろうぜ。シーラじいさんやオリオンが心配しているぞ』と言うと、『ミラ、1人で帰ってこのことを知らせてくれないか。もう少し調べたいんだ』と譲らない。
それで、ぼく1人帰ってきたけど、みんな無事から安心したまえ」
ミラは、そこまで話をすると、今後どうしたらいいのかというような顔をした。
そこで、リゲルとオリオンは、すぐに3人を連れてかえるように頼んだ。
そして、ミラを見送ったあと、すぐにシーラじいさんがいる岩に向った。
2人は、「くさいにおいは何でしょうか?」と聞いた。
「硫化水素かもしれないぞ。あまり近づくと危険じゃ」シーラじいさんが、めずらしく大きな声を出した。

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