シーラじいさん見聞録

   

そして、リゲルに、「教官が呼んでいます」と叫んだ。
オリオンは、「でも、お兄さんが?」という顔でリゲルを見た。かなり離れた場所にお兄さんが一人でいた。
「お兄さんは、もう一人でいても心配ない。それに、もうすぐパパや弟が来ることになっている。オリオン、それまでいてくれないか」リゲルは言った。
「わかった。しかし、何の用事だろう?」
「とにかく、行ってくるよ」リゲルは、待っている訓練生についていった。
しばらくすると、弟が飛んできた。
「オリオン、来てくれたのか。夕べのことは聞いたよ。若い連中は興奮してしゃべっているよ。ぼくがきみらを知っているのがうらやましくてたまらないようだ」弟は興奮して話した。
「運がよかっただけだよ。しかし、助かってよかったよ」オリオンも大きな声で答えた。
「ぼくも行きたかったなあ」
そのとき、パパもオリオンを見つけたようで、急いでやってきて、息子の興奮ぶりがわかったようで、「ほんとに知恵と勇気がある」と感心した声で言った。
「いや、今まで教えてもらったことをやっただけです」
「それで、みんな、シーラじいさんの話を聞きたがっているんだ」弟は興奮したままだ。
「そうなんです。ぜひお願いできませんか」
「シーラじいさんに伝えます」
「ところで、リゲルは?」パパが聞いた。
オリオンは事情を話した。そのとき、リゲルが帰ってきた。
「どうだった?」オリオンが聞いた。
「教官たちは、ぼくとお兄さんの様子を見ていて、もう体力は戻っているということだった。それで、2人に、海に戻る訓練をしたいがどうだろうかということだった」
「そうだ。ここで訓練を受けてから、普通の海に戻ると、しばらく力の入れ具合がおかしくなって、疲れるんだ。特に深く潜ると、力が入りすぎてしまう。
夕べ行方不明になった子供は、それで体力を使いすぎたんだよ。お兄ちゃんも出られるって!」
「そうだ。教官から家族に説明するって言っていたが、子供たちの訓練を見ていて、自分も子供に戻ったようで、心にある恐怖がなくなったようです。
そして、家族といっしょにいれば、元通りのお兄さんに戻れるそうだ」
「わっ、すごいじゃないか。パパ、よかった」
「これもリゲルやオリオンたちのお陰だ。きみたちが、不可能に見えることを、知恵と勇気でやりとげてくれたからだ」
「いや、パパが、お兄さん『安全な場所』に入れてくれるように頼んだからです」オリオンは答えた。
「何かすごいことが起きるぞ。ぼくらもやらなくっちゃ。
オリオン、絶対シーラじいさんに話をしてもらってくれよ。ちょっとお兄ちゃんと話をしてくる」弟は、そう言うと向こうに消えた。
シーラじいさんは、オリオンから、リゲルが訓練を受けることを聞いて、「これで次の行動に移れる」と喜んだ。そして、シャチに話をすることも快諾した。
翌日、弟が飛んできて、今から話をしてもらえないかと言った。すでにシャチが集まりだしているというのだ。
「安全な場所」近くに向うと、あちこちから、そこに急ぐシャチが見られた。
海が黒々と盛りあがったようだった。1000頭以上のシャチが集まっていた。
ミラを先頭に、シーラじいさん、オリオンたちが続いた。聴衆は、体やヒレを使って、感謝や賞賛を表した。まっすぐ進めないほどだった。
訓練は中止となり、「安全な場所」の端に、子供たちやリゲル、お兄さんたちがひしめいていた。
シャチは押しあって固まっていたが、それでも、シーラじいさんの声は一番遠くまでは届きそうになかった。
それで、ミラが、シーラじいさんの内容を伝えることにした。
シーラじいさん話をはじめると話し声はぴたっと止み、波は鏡のように静まった。
「この度は、わしらの仲間がお世話になり、たいへん感謝しております。
そして、海に戻る訓練がすんだら、すぐに出発しようと考えているところであります。
ところで、わしに何か話をというご要望なので、今日お集まりいただいた次第であります。
何を話そうかと思案しておりましたが、わしらの仲間が一番興味のある話をしようと決めました。
あなたたちはこの世界で一番強いと言われております。つまり、あなたたちを恐れさせる者はいないということです。
それなのに、なぜ、あなたたちは、全員で子供の教育や訓練をしたり、弱っている者を助けたりするのかということであります。
それを社会と呼びます。ただ集まっているだけではなく、役目が分担されていて、全員が自分の役目を果たすことによって、何か大きな目的が達成されるのであります。
それを社会と呼びますが、それについて話をしようかと思います」
それから、ニンゲンの社会について説明した後、海にいる生き物の社会などについて分類をした。
「あなたたちの社会には、何か目的があるように見えるが実はそうでない。なぜなら、全員で子供を教育するのは、社会を強固にするためだからじゃ」
その後も、クジラやイルカなどの社会や、ニンゲンの社会について説明した。
「どうして社会に、目的があるのとないのとがあるのか、今のところわからんが、それをある程度理解すれば、今追いかけているクラーケンのこともわかるじゃろ」と言った。

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