シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんは、もう大丈夫だと思い、オリオンともに帰ることにした。
道すがらオリオンはじっと考えごとをしているようだったが、途中で、「シーラじいさん」と声をかけてきた。
「ぼくが、ここをすぐに出たいと言ったとき、シーラじいさんは賛成してくれましたが、もう少しやらなければならないことがわかりました。シーラじいさんの言うとおりです」
「ボスが、おまえをここに運んでくれなかったら、おまえは助からなかったにちがいない。おまえが、ボスに恩返しをしようとするのはいいことじゃ。
しかし、さっき聞いたように、ボスほどの大きいイカや、リゲルより大きいサメが相手だ。
おまえは、それに向かっていく覚悟はあるのか」
オリオンはしばらく黙っていたが、「ぼくみたいな者をシーラじいさんやボスは助けてくれました。今度はぼくがみんなに恩返しをするときです。まずベテルギウスを助けてやりたのです」と答えた。
オリオンは、また訓練を受けることになった。それを終えると見回り人になるつもりだった。
訓練は今までなかった激しいものとなった。
岩を、ボスを襲った巨大なサメに見立てて、それにぶつかっていく訓練が何度も繰りかえされた。
また、巨大ザメにぶつかったと思うとすぐさま後ろに回りこみ、その腹に噛みついたり、シーラじいさんが教えたように巨大ザメを岩と岩の間に誘いこんで身動きが取れないようにする訓練にも多くの時間が割かれた。
「外では誰も助けてくれない。自分の力でしか生きてかえれないんだぞ」教官は、訓練生を叱咤しつづけた。
しかし、訓練についていけず、脱落していく訓練生も出てきた。
オリオンも、背びれがないために思うように方向を変えることができないので、岩などにぶつかってあちこち傷だらけになった。
激しくぶつかると意識が朦朧となることがあったが弱音を吐かなかった。ベテルギウスのことを思って耐えた。
訓練が終わりに近づくと、1人の訓練生には、1人の見回り人がついて、実際の見回りについて教えることになった。
オリオンは、次期の最高司令官と言われている壮年のシャチがつくことになった。
これもオリオンに対する期待のあらわれだろうという声が訓練所にあった。
「海の中の海」で一番豪胆な兵士といわれていたが、いつも笑顔を絶やさず、同僚と冗談を言うのが好きだった。
オリオンが、そのシャチに挨拶に行くと、「「どうだ、だいぶ慣れたか」と聞いてきた。
「ついていくのが精一杯です」
「そうだろうな。今やっていることは、ベテランでも一生のうちあるかどうかの戦いを想定しているものだからな」
「はい」
「でも、ボスのことを聞くと、これからは何が起きるかわからない。今やっていることでも間にあわないかもしれない。
おれたち老兵からは、きみたちに期待するしかない。訓練が辛くても、これに耐えることが、自分の地域や家族を守ることだということを忘れないようにしてくれ」
シャチは、そこまで言うと、もう堅苦しい話はすんだぞというように笑顔になった。
「どんなにぶつかっても、すぐに向かっていくのはたいしたものだとおれの同僚がほめていたぞ」
「ありがとうございます」
「きみは、ニンゲンにも友だちがいるんだって?」
「前にニンゲンを助けたことがあります」
「これからは、そういうことも大事になってくるかもな。おれにもまた紹介してくれよ。
美人がいいな。わっははは」
シャチの見回り人は、少し度がすぎたと思ったか話を変えた。
「見回り人は、大体4、5件の紛争をかかえている。シーラじいさんの指導で分類しているが、一番多いのは食糧問題、そして領土問題だ。
しかし、おれが一番長く関わっているのは、ちょっと変わった紛争だ」
オリオンは、体を乗りだした。
「あるサメの王族の娘を、隣の国が取ったとか取らないとか批難しているんだ。その娘だって、もうおばあさんだぜ。
本人に聞いても昔のことは忘れたと言う始末さ。
親戚同士になれば、お互いのためになると忠告しているんだが、お互い聞く耳もたずだ」
「どうしてですか」オリオンは思わず聞いた。
「どちらの国にも、敵がいたほうが自分の出世に好都合な連中がいるんだろ。紛争に巻きこまれるとしよりや子供がかわいそうだ。
こんなことがニンゲンの国にもあるのかどうか、一度シーラじいさんに聞いておいてくれないか」
「わかりました」
「それじゃ、明日おれについてくるか」

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