シーラじいさん見聞録

   

「分かりました」ミラはオリオンが言った場所に向かった。そして、崖の出っ張りを慎重に押した。しばらくして岩は崩れた。
確かに下の出っ張りに当たって海底に落ちた。真下の岩に積み重なることはなかった。砂ぼこりが上がった。
オリオンはおさまるのを待って、怪物の気配があった場所に行った。
岩の崩れはない。これなら、今後余震があっても大丈夫だろう。
「おーい。大丈夫か」と叫んだ。
前よりもはっきり聞こえたが、くぐもった声だった。しかし、怪物にちがいない。
「今のは地震ではなくて、きみを助けるために岩を動かしているんだ。がんばれよ」
返事はない。とにかく、大きな岩の向こうにいるのか、あるいは怪我でもしているのかわからないが、生きているのはまちがいない。「もう少し我慢するんだ。必ず助けるから」もう一度叫んだ。
早く助けてやりたい。立て続けに閉じ込められるとは何とも気の毒だ。オリオンは大きな岩が重なる壁を見上げた。
「次はどこを押しましょうか?」ミラが近づいて聞いた。
「ちょっと待ってくれ。もしもということがあるから、よく調べるよ」オリオンは一帯の岩を見てまわった。
「ミラ。ちょっと来てくれ」オリオンが呼んだ。「この間を横に押してくれないか。少しずれているから、ここを外せば、かなり岩が崩れるはずだ。もちろん、下には影響がない」
「わかりました」ミラは岩山の一番端に行って、4,5メートルぐらい外に出ている岩を押した。
少し動いたが、崩れるほどではなかった。「もう一度やります」ミラは戻った。
そしてもう一度押したが同じことだった。「もう一度」というミラをオリオンが止めた。
「きみがやってもびくともしないのなら、余震ぐらいでは動かないかもしれない。もっとも自然のことだから、予測もつかないことが起きるから何とも言えないけど、ここはやめよう」
また余震が起きた。みんな岩山から離れた。しばらくして揺れがおさまったので、また戻ってきて、岩山を調べた。変わったことはない。
それはいいのだが、リゲルはオリオンが焦っているのが心配だった。「オリオン。揺れはしばらく続くのだろう?」
「そうだと思う」
「今は弱かったが、強く揺れることもあるはずだ。それによって、岩山が大きく変わってしまうかもしれない」
「そうなんだけど、いつまでも待てないから何かできることがないかやっているんだ」
「シーラじいさんなら、『焦るな。様子を見ろ』と言うと思うぜ」
オリオンははっとした。シーラじいさんならどう言うだろうかとずっと考えていたからだ。
「焦ると実力が出せない」シーラじいさんはいつも言っている。だから、みんなが慌てふためいても、自分は落ちついて様子を見ることにしていた。それなのに、今何とかしようと焦っている。
「もう少し様子を見ようじゃないか。怪物が生きていることは分かったのだから、とりあえず一安心だ。
後はニンゲンのことだけだ。多分あそこは海底より下だったから、岩が崩れていなかったら大丈夫のような気がするのだが、どう思う?」リゲルはオリオンを落ちつかせるために冷静に話した。
「そうだったな」オリオンはうなずいた。「余震が落ちつくまで、ニンゲンのことを調べるべきだった」オリオンはリゲルに謝った。
「岩が崩れて跡形もなくなっているから、どこを調べればいいのか分からないけどな。ぼくらもやるよ」
それから、海底の様子を見ることにした。特に岩が海底に沈みこんでいる場所がないかを重点的に調べた。
ミラは人間がいる洞穴の場所を動きまわって調べた。数日かかったが、「山脈から考えてこのあたりでしょうか」と報告した。
その海底部分を調べた。しかし、岩山が崩れ、岩が転がっているだけで、他とちがう様子はない。
「これではどうしよもない」みんなそう考えていたとき、1頭の若いシャチが戻ってきて、「オリオン。見てください」と言った。
みんな彼についていった。そこは崩れた岩山の後ろ側で、岩と岩の間に隙間ができていた。「最初この穴に入ったときは、どうせ岩で行き止まりになっているのだろうと思ったのですが、うまい具合にトンネルのようになっていて、下にいけるようです。海底より下に行けるかもしれません。でも、ぼくには勇気がないので戻ってきましたが」
「そりゃ新発見だ!」他の若いシャチが叫んだ。
「じゃあ、ぼくが見てくるよ」
「オリオン。ちょっと待て」リゲルが止めた。
「どうして?」
「もし余震が来て穴が塞がるようなことがあれば、すべて終わりだ。きみの命もない」
「それはそうだけど、少し様子を見てから行く」そう言ったとき、また余震が来た。

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