スポーツ開発

   {   2016/06/05}

復活ノート

「スポーツ開発」
日本人は、野球というスポーツには、特別の思いがあるようです。
明治時代に、正岡子規が日本に紹介したといわれていますが、湯川秀樹も、戦前、研究の合間に、野球の練習に励み、大学内部の試合に出ていたことが新聞に書かれていました。
戦争秘話にも野球はつきものです。もちろん、高校野球の人気は衰える気配がありません。
野球は、長い間、日本人と苦楽を共にし、「野球とベースボールをちがう」といわれるほど、日本のスポーツになったようです。
ファンは、豪快なホームランや、才能と鍛錬の成果である美技とともに、「江夏の21球」に象徴されるように、相手の心を読むといった心理劇もたまらないのでしょう。
「巨人の星」流にいえば、ボールがバットに当たるカーンという音や、心臓が打つドキドキする音があふれているのです。
しかも、サラリーマンがやりたい職業のトップランクには、いつも交響楽団の指揮者とともに、野球の監督が入っていますが、個々の選手をどう使って戦うかというのも、魅力に一つなのでしょう(ひいきチームが負けた翌日の監督采配についての批評もファンの仕事です)。
そのためか(私は、専属解説者に、仕事をさせるためというのが、大きな目的だと思っていますが)、「球春」到来となれば、「キャンプめぐり」という練習風景が、スポーツニュースの最大の「売り」です(サッカーやラグビーは、本番が始まっているのに)。
だから、誰でも、長嶋や金本が寺にこもって精神を鍛え、王が真剣でスイングの練習をしたのを知っているわけです。
近年、各球団のトップ選手は、日本に物足らずになって、自分の実力を知るためにという理由で、どんどんアメリカに行きます。日本のプロ野球が、アメリマのマイナーリーグになっているという危惧もあるようですが、野球は、もう日本というより、日本人のスポーツになっていますので、野球そのものは衰えることはないと思います。
ところで、スポーツの発祥は、偶然によるものが多いようです。
野球は、もともと子供の遊びといわれていますし、ゴルフは羊飼いの時間つぶしとか、スカッシュやスキージャンプも、囚人と関係するとかいわれています。
それでは、われらビジネス開発者は、偶然性に頼らず、人間の永遠の心理と、現代社会や現代人をありていに見て、スポーツを考案・開発しませんか。
最初は時間がかかりますが、一度そのおもしろさがわかってもらえたら、燎原の火のごとく、国内だけでなく世界に広がります。
世界を救えるのは、地球温暖化の軽減と敵対意識を戦争から引きはなすスポーツしかないのです。
もちろん、スポーツ用品などのビジネスは、大きなマーケットになります。