シーラじいさん見聞録

   

その夜、オリオンの自宅に、黒い影が飛びこんできたかと思うと、「オリオン、今日大変なことがあったんだって」と叫んだ。
「リゲルか。絶対が来ると思っていたよ」オリオンも叫んだ。
リゲルは若いけど沈着冷静な見回り人という評価があるが、オリオンと二人っきりになると、一転して感情を出した。
その性格のためか無邪気なベテルギウスを気に入っていた。だから、ベテルギウスがいなくなって、リゲルも一番悲しい思いをしているようだ。
しかし、見回り人としての立場や任務があるので、自分の言動は制約される。だから、オリオンといると、自分に戻れるようだった。
「そうだ。許可されていない者が入ろうとしたが、ペリセウスがみごとに追いかえしてくれたよ」
「ペリセウスか。海の中の海の者ではないと聞いていたが、こいつはすごいぞ!」
リゲルはますます興奮してきた。
オリオンも、そのことについて考えているときだったこともあり、大きな声で一部始終を話した。
荒い息をして聞いていたリゲルは、「いや、たいしたやつだ。あんなに弱虫だったのにな。シーラじいさんの教えと責任感が彼を変えたんだな」と言った。
「ぼくもそう思う。部下も立派に育てていた」
「ところで、ここはどうなるんだろう?」急に声をひそめて言った。
「どうって?」
「開放したことに対して不満を持っていた者が台頭してくるおそれがある」
「えっ、ほんとか」
「大きな声では言えないが、見回り人の中にもいるし、長老の中にもいるということだ」
「でも、今さらやめても、もう大勢の避難民がいるじゃないか」
リゲルは、それには答えず、「シーラじいさんは、賽は投げられたと言っていたが、もう一度その賽を拾って投げることはできないのか。賽は見たことないが」
オリオンはうなずくだけだった。
「オリオンなら、どうする?」リゲルが聞いた。
オリオンは、しばらく考えていたが、「長老が言っていたが、ペリセウスのように、説得することも、大きな武器だと思う」と答えた。
「でも、クラーケンのようなものでも、説得できると思うか?」
「うーん」オリオンはそういうしかなかった。
「実はクラーケンの部下らしき者を見たという者が増えてきているんだ」
「そうか。それでシーラじいさんは忙しいのか」
「しかも、そいつらの前には、やはり小さい者がいたというのだ」
「まさか」
「ちがうと信じたいが」
二人はしばらく黙っていた。
「シーラじいさんに会いたいだろ?」リゲルが静かに聞いた。
オリオンはうなずいた。そして、リゲルは帰った。
翌日、改革委員会のメンバー二人が訓練所に来て、オリオンに、昨日の出来事を聞いた。
ただ大勢の者から報告を受けていたようで、ペリセウスのことが中心だった。
「あのような勇気のあるものはそういない。きみから、ここに来るように言ってくれないか?」
オリオンは、ペリセウスが自分の国を必至で守っていることを話した。
メンバーは、「それじゃ、今度出会あったときに聞いてみるよ」と言うしかなかった。
そして、帰りがけに、「シーラじいさんから、きみに、当分忙しくて帰れないけど、自分に与えられた任務を全力でこなせという伝言を預かってきた」と言った。
オリオンの顔はパッと明るくなった。「シーラじいさんは元気ですか」と聞いた。
「ああ、元気だ。集ってくる情報の処理を急がなければならないので、無理をお願いしている」
二人は、「それじゃ」と帰っていった。
オリオンは、シーラじいさんがいるかぎりここは大丈夫だと思った。
その後も、子供だけでなく、大人でも、どこもけがをしていないのに、これ以上進むことができない者が増えてきた。
その状態がいる一団のみに許可を与えたが、しばらく休むとすぐに出ていくようにと約束させた。そして、できるだけ遠くへ行くようにとつけくわえた。
それでも、「海の中の海」は、息苦しいほどの数で溢れていた。
ある日、見回り人や門番のウミヘビたちが、血相を変えて改革委員会に飛びこんできた。
そして、「やつらがやってきた!」と次々と叫んだ。
そこにいた者は、みんな集ってきた。「誰が来たんだ?」メンバーの一人が聞いた。
「やつらだ!ボスぐらい大きなやつらが3人来た」ウミヘビの幹部が、体を激しくくねらせながら叫んだ。
みんな顔を合わせて「クラーケンか!」と大きな声を出した。
そして、すぐに飛びだす構えをして、「どこにいるんだ?」と問いつめた。
「いや、もうどこかに消えた。おれたちが門番をしているとき、決められた道ではなく、上から大きな影が近づいてきた。
そのときは、どこからも影が見えないので、しょうがないやつらだと思いながら、上に向うと、何匹かの一団ではなく、一人の影だとわかった。
おれたちは肝を冷やして逃げてきた。そして、奥にいた見回り人たちを呼びにいった。
やがて、そいつらは、門のすぐ上に止まったが、見たこともないほど大きな者だった。それが3人いた。
見回り人も様子を見ていたが、やつらはそこから動かないので、部下の一人が、そっと後ろに回って近づいた。部下は、3人がここかというふうに顔を合わしたのを見ている。
しばらくして、そのまま上に向った」
見回り人がいるとはいえ、門番に関してはおれたちが責任を負っているという自負心からかウミヘビの幹部が状況を説明した。
話を聞きおえると、みんなで第一門に向った。

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