シーラじいさん見聞録
訓練生が次々に帰ってきた。みんなあわてて上官がいる場所に向った。
しばらくして報告を終えてでてきた者はみんな興奮していた。
「おれは、クラーケンを見たぞ」と大声でしゃべりかけた。
「おれもだ」という声があちこちから聞こえたが、それに耳を貸さず、しゃべりつづけた。「向こうから、巨大な物が目を光らせながらやってきたんだ。
おれは、すぐに向かっていこうとした。とてもでかいのがどんどん近づいてきた。
しかし、やつはおれの気迫を感じたのか、すっと方向を変えた。それで、しばらくやつの後を追いかけたが、逃げていった。まあ、図体はでかいけど、おれたち全員で取りかこめば何とかなるような気がしたぜ」
他の訓練生も、それに負けずに声を出しはじめた。
「おれは横っ腹をぶちかましてやったぜ」とか「おれに気づいて、頭が痛くような声を出して部下を呼んだんだ。
それで、おれは距離をおいて様子をみることにしたんだ」などとしゃべったが、だれも他の者の話など聞いていなかった。
オリオンは、みんなの話を聞いていて、同じクラーケンか、さらに別にいたのかわからないが、みんなも見ていたのだ。何かが起きようとしているのはまちがいないと思った。
そのとき、一人の上官が来て、訓練生を集めた。
「クラーケンを見たという報告を精査したが、おまえたちが見たのは、クラーケンではないという結論に達した」
訓練生からどよめきが起きた。
「あんな大きな物は、クラーケン以外考えられません!」
「おれは、現にクラーケンに攻撃を加えたんですよ!」などと大きな声を出す訓練生が相次いだ。
上官は、それには答えず冷静に話をはじめた。
「一般的に考えられているクラーケンは、長い手足で敵を巻きつけて身動きできなくする生き物だと考えられている。
しかし、シーラじいさんの話では、それだけでなく、巨大なウミヘビやヒトデなどもいるらしいので、おまえたちの報告を整理して、すぐに改革委員会で判断してもらった。
結論として、おまえたちが見たのは潜水艦だ」
「センスイカン!」
「センスイカンというクラーケンですか」
「ちがう。潜水艦はニンゲンが作ったものだ。中に入って、敵の潜水艦や船を攻撃する。
船のように海面に出ることなく、敵に近づけるので、どこのニンゲンの国も昔から研究しているようだ」
「じゃ、ニンゲンとニンゲンが戦っているのですか」
「それはわからない。墜落事故の現場に向かっているのはまちがいなさそうだ。
なぜそちらに向かっているのか、そして、向かっているのは一つか、あるいは複数なのかについて、見回り人が現場に行って調べている」
その日は解散になって、翌日早く集合する指示が出た。
翌日訓練所に行くと、全員広場に集ることになった。
広場はすぐに満員になった。オリオンは、みんなの目の間にシーラじいさんがいるのを見た。もう長いこと会っていなかった。寝る間も惜しんで情報の分析をしているのだろう。確かに遠目でも疲れているように思えた。こんなことが早く終わればいいのに思っていると、リーダーの声が聞こえた。
「みなさんが集めてくれた情報と、新たに届けられた新聞の記事を分析した結果、今後どうするかの方針が決まりました。
現場近くには、テレビや新聞の取材をするマスコミのニンゲンが押しかけているといいましたが、その結果、かなりの人数のニンゲンが犠牲になっているようです。
やはり、私たちの数倍もある者が船を襲っているようです。
海に潜るマスコミの記者もことこどく襲われています。
ニンゲンの国は協力して、現場近辺を立ち入り禁止するいっぽう、自国の海軍を出してきているようです。
それが駆逐艦といわれる船や潜水艦なのです。ほとんどニンゲン同士が戦うためのものです。
クラーケンそのものは姿をあらわしていませんが、あるいは、わたしたちより大きなもの全体をクラーケンなのか不明ですが、執拗にニンゲンを襲っているのはまちがいありません。また、なぜそうするのかもわかりません。
そして、この状況はまだまだ続くようです。つまり、戦場は日々拡大しているのです。
近辺にいる者は右往左往しています。そして、多くの者が命を落としています。
そこで、逃げまどう者がさらに現場海域に近づかないように、反対方向へ行くように指示をすべきではないかという結論に達しました」
リーダーの説明を全員納得したようにうなずいた。
「クラーケンは今までどこにいたんだ?」という質問が飛んだ。
「それはまだわかりません。シーラじいさんの話では、執拗な攻撃をしているところを見ると、ニンゲンに対して何か復讐しているかもしれないということですが」
「復讐?」
リーダーは躊躇した。それを見たシーラじいさんが前に出た。
「今の件のことじゃが、それはわしの憶測であって根拠はない。
今の状況を見ていると、ニンゲンが彼らの怒りを買ったかもしれないと思っただけじゃ。
これについては、新聞を読んだあと、ニンゲンの言い分を鵜呑みにしないで判断したいと考えておる」