シーラじいさん見聞録

   

そのとき、リーダーが、もう時間がないんだとばかりに後を引きとった。
「見回り人はなるべく現場近くまで行って、慌てふためく者を見かけたら、墜落現場から反対のほうへ行くように教えてください。他の者も、自分の担当区域で、そのようにお願いします」
「情報収集はどうするんだ?」という声が上がった。
「まず自分の任務を優先してください。もし、そこで何か情報をつかんでも、報告するためにだけ帰ってくることは必要ありません」
これ以上質問は受けつけないようにするためか、他の委員が、「それじゃ、すぐに任務についてください。訓練生は、まず訓練所に戻れ」と大声で叫んだ。
広場にいた者は、すぐに外に飛びだした。
オリオンは、シーラじいさんと一声でも話がしたかったが、あきらめて訓練所に向った。
訓練所に行くと、上官が、「今聞いたとおりだ。おまえたちが目撃した潜水艦は、大勢のニンゲンが犠牲になったので、クラーケンをしとめようとして現場に向ったようだ。
それで、余計に混乱が起きている。
おまえたちは、今から自分の担当区域へ急いで、そこで出会った者に、現場に向わないように言うんだ。
潜水艦についてはわかったと思うが、危険だと思われる者がいればすぐに帰ってこい」
訓練生はすぐに出発した。オリオンも、1時間近くで担当区域に着いた。
深海から海面近くを何回も往復した。時々ジャンプして周囲を見た。
ときおりヘリコプターが現場方向に向かっているが見えた。
なぜクラーケンはニンゲンに復讐しているのだろうか。そして、クラーケンは今までどこにいたのだろうか。誰も見たことがないといっていたが。
また、ベテルギウスは、この騒ぎと関係があるのだろうか。
オリオンは、水平線のはるか遠くにある墜落現場を見ながら、そんなことを考えた。
そして、また任務を続けた。ときおり大きな影を感じることがあった。
また潜水艦かと思って、少し近づくと、大勢の者が、何か話しながら、動いているのだった。
しかし、現場と反対の方向に向かっていたので、それ以上近づかなかった。
数日して、数匹の者が現場方向に向っているのに気づいた。
オリオンは急いだ。しばらく行くと、向こうもオリオンに気づいたらしい。スピードを緩めて、オリオンのほうを見ていた。
それらはかなり大きい。オリオンは、どうしようかと思ったが、敵意が感じられなかったので、その影と平行に動いた。
そして、「そちらに行くと危険です」という信号を送った。
動きを止めた者はしばらくオリオンを見ていたが、「あらっ」という若い娘のような声が聞こえた。
オリオンは、動きを止めて様子を見た。
やがて、その内の一人が近づいてきた。アイパッチがある。それが笑顔のように見えた。じっとオリオンを見ていた。その顔に見覚えがあったが思いだせない。
「あなた、パパの友だちが来たとき、ついてきていたでしょ?」その娘は声を出した。
「ああ、思いだした。あの愉快なパパですね!」
そのとき、後の二人も娘の側に来た。
「あの飛行機事故のときにニンゲンを助けた少年よ」その娘は、二人に言った。
「ああ、聞いたことあるわ。こんなに小さいのに、あれだけの勇気と知恵があったの?」
一人が言った。
「わたしたちが大きすぎるのよ」もう一人がそれに答えた。
「そうね」雰囲気が和やかになった。
「ここで何をしているの?」娘が聞いた。
オリオンは、幹部の友だちの娘ということで、自分の任務を話した。
「それはたいへんね。パパも、クラーケンは、おれたちより大きいらしいから、絶対一人で動いてはだめだと言っていたわ」
「私たちは、いつも三人でいるから大丈夫よ」友だちが言った。
「でも、かよわい女の子だから気をつけなくっちゃね」もう一人がいった。
「クラーケンも、あなたを見ると逃げていくわよ」
「そうね」三人は明るい声で笑った。
そして、三人は、「それじゃ、気をつけてね」と言って離れていった。
オリオンは、緊張がほぐれていくのを感じた。
その日帰ると、見回り人たちの情報が報告された。
ニンゲンは、潜水艦で、クラーケンを探しているようだ。
それで、クラーケンは、どこかに姿を隠しているが、潜水艦が出す音などで混乱を起きているということだった。
次の日、担当区域を回っていると、誰かが近づいてくるのがわかった。
昨日の三人だということはすぐにわかった。
「こんにちは。また会いましたね」オリオンは挨拶した。
「あなたを探していたのよ」幹部の友人の娘が言った。
「そうでしたか。何か用事ですか」
「昨日、家に帰ると、パパが仲間から聞いたことを話してくれたの。
わたしたちより数倍大きな者が、かなりの大軍で動いているのが見えたので、岩陰に隠れたそうよ。
噂以上の大きさだったので、すぐに逃げようとしたのだけれど、声が聞こえたので、そっと見ると、誰かが指揮を取っているようだった。
ちらっと見ただけだったけど、大きさはわたしたちぐらいで、パパの仲間の話では、どうもどこかで見たことがあるということなの」
オリオンはじっと聞いていた。
娘は、「話はこれでおしまいだけど、ここにも、クラーケンが来るかもしれないから、あなたに教えようと思って探していたの」
オリオンは、とりあえずお礼を言おうとしたとき、「あなたは、とっても勇気があると聞いているけど、相手は海の怪物だから無理をしないことよ」
「わたしたちもすぐに帰らなくはならないの」
他の二人も、今日は冗談も言わず、オリオンを気づかう言葉だけを口にした。
その後すぐに、三人は泳ぎさった。
オリオンは、今聞いたことを伝えるべきか考えながら、「海の中の海」に帰った。
訓練所に入ると、上官と改革委員会のリーダーが待っていた。
そして、「長老がきみの会いたいと言っている」と言った。

 -