シーラじいさん見聞録

マイクは、「正午には港に戻ってきますから、教授は大学まで行くトラックを用意してくれませんか」と頼んだ。
「そうしよう。簡易水槽なら、できるだけ早く運ばなければならい」教授は承諾した。
「それから」ジョンが言った。「ベンの考えに共鳴した所長が、オリオンを教授に任せることを決めました。そして、ぼくら二人をここで勤務するようにしてくれました。
所長やぼくら二人はベンの考えを知っています。安心してオリオンを教授にお任せしますが、最終的な責任はこちらにありますから、教授にご迷惑をかけることはありません」
「それはいいんだ。ベンとは一回会って話をしただけだけど、誠実で、軍人とは思えないような広い視野を持っていた。
それで、ぼくはベンの希望に沿いたいと思った。こんな時代だから何が起きるかわからないが、ベンやきみらの望みが一刻も早く叶うように努力する。
ただ、オリオンのことでも、その他のことでも、細かいことはまだよく理解していないから、指導のほうはよろしく頼む」
「ありがとうございます。それでは急なことですが、明日の朝連れてくるようにします」「OK。研究所のプールには、数頭のイルカがいるが、まだ余裕があるので大丈夫だ。ところで、運搬は、部下や学生に手伝ってもらってもいいかい？」
「それはかまいません。できるだけ早く研究所に運び入れたほうがいいので、それのほうが助かります」
ベンは、教授とコンタクトを取ったとき、オリオンの特殊な能力については教授だけに伝えるので、当分他の者には内密にしてもらえないかと頼んだと言っていた。それで、教授は慎重になっているのかもしれない。
マイクとジョンは、その日もアントニスたちのホテルに泊まって、オリオンを港に連れていくための準備をした。
翌日、午前４時に港を出て、オリオンと待ち合わせた場所に向かった。オリオンは待っていた。
イリアスは、「オリオン、おはよう。クジラたちはどこにいる？早くそこに連れていってくれ」と頼んだ。
オリオンは慌てて、「きみのことを話したんだけど、『きみらの夢が叶ったときに、みんなで遊ぼう』と言って、仲間のいる海に戻っていった。きみにはよろしくと言っていた」と説明した。
「楽しみにしていたのに」イリアスは残念そうに答えた。
「クジラたちは、オリオンが無事にここに来ることができ、そして、次のことをはじめることがわかったので、それで安心して帰ったんだよ」アントニスがイリアスを慰めた。
「そうよ。クジラたちは、もし自分たちと会っていたら、１時間はロスするので、わたしたちのために気を使ったのよ」ミセス・ジャイロもイリアスの肩を抱いた。
「そうですね。自分たちは恥ずかしがり屋だからと冗談を言っていました」
「それなら、みんなが自分のことを一生懸命やれば、すぐに会えるよ。クジラたちはどこにいるのかわかっているから」ジムも言った。
イリアスは納得した。「それなら、オリオンに任せるよ」と答えた。
「じゃ、オリオン、早速はじめていいかい」とアントニスが聞いた。オリオンはうなずいた。
クレーンに結ばれた水槽がゆっくり海面に下された。オリオンはすぐに水槽に入った。
そして、持ち上げられると、そのまま甲板に下された。
イリアスは水槽の横にすわった。船は動きだした。そして、午前１１時にトロムソ港に戻った。埠頭に誰か立っているのが見えた。「教授だ。もう待ってくれている」マイクが叫んだ。
船を認めた教授は後ろを振り返って、何か叫んだ。すると、一台のトラックが近づいてきたのが見えた。トラックが教授のすぐ後ろに止まると、３人の人間が下りてきた。
「準備は整っているようだ」マイクはまた大きな声で言った。
イリアスは、「オリオン、ようやく着いたぞ。また、しばらく会えないと思うと悲しいよ」と声をかけた。
「ありがとう。ベンができるだけのことをしてくれているし、マイクとジョンがいるから、何も心配していない。それにイリアスが近くにいるから淋しいことはないよ」オリオンは笑顔で答えた。
「ぼくらもががんばるから」イリアスは言葉が詰まった。
ジョンは慎重に船を横付けした。マイクは、教授に向かって、「遅くなりました」と叫んだ。教授は、「いやいや。早くオリオンに会いたくてね。きみらこそご苦労だった」と答えた。
船が止ると、教授は船に乗りこんできた。そして、誰ともなしに「オリオンは元気かね」と言った。
「元気ですよ」横にいたイリアスが答えた。教授は水槽をのぞいた。そして、「初めまして、オリオン。ぼくは、今日からきみの世話をするアムンセンだ。よろしく頼む」と頭を下げた。
教授は、「あっ、オリオンが頭を下げた。なるほど。ベンが言っていたとおりだ。状況が分かるようだ」などと独り言を言って、水槽を覗きこんでいた。
マイクが、みんなに、「そろそろ教授にお願いしようか」という合図をしたとき、教授は、突然イリアスを振りかえって、「きみがイリアスかねだね」と聞いた。
教授の横にいたイリアスは立ちあがって、「はい」と答えた。
「きみにも会いたかったよ。きみの書いた「オリオンの冒険」という童話はすばらしい。
童話の中に出てくる、人間が疑心暗鬼から絶滅しそうなとき、オリオンの行為で人間が助かるのというシチュエーションが今まさに世界で起こっている。その先見性は、まさに天才だよ。ところで、きみがオリオンに助けられたのは事実かい？」教授の好奇心は止まるところをしらなかった。

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