感覚
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「感覚」
最近、東北の老人施設の理事長が、施設の金で絵を買うとかセクハラをしたとかゆうて、スタッフから辞任を求められたことがあったやろ。罪状は、ぼくにも心当たりがあるけど(何しろ、嫁はんに、「社長を営業部長に代わってもらったら」とゆわれたことがあるぐらいや)、この理事長のセクハラは、スタッフにミニスカートを強要したことにあるらしい。
理事長の釈明会見に、ミニスカートをはいた50代の嫁はんが同席していたけど、妙な雰囲気やった。
その姿を見て、バブル時代のファミレスを思いだした。当時、若い労働力は「引く手あまた」で、若い娘は時間給の高い職場へどんどん流れたから、40代、50代の主婦が、ミニスカートをはいて出迎えてくれたもんや。ファミレスのミニスカートは経営戦略やろか。それとも、若い娘のはいていたのが余っていただけやろか(どちらにしろ、「おばちゃんばっかりやな」とゆいながら、テーブルを片付けているときに、ちらちら見てしまうぼくであった)。
老人施設に入居しているのは、鬼なんかではなく、年を取っているけど人間の男と女や。
新聞に載るような恋愛沙汰が起こすおじいさんもいる。前にゆうたけど、若い男のヘルパーが結婚することになって、「なんだか淋しいわ。女なら、わたしの気持ちわかるでしょ」とゆうおばあさんもいる。そう考えたら、老人施設のミニスカートは、入居しているおとしよりに生きる力を与える戦略かもわからん(寝たきりにならんかったら、介護保険の支出が少なくすむから、表彰もんや)。
そこを理事長に聞きたいけど、その理事長は、施設にある誘睡剤なんかも常用しているとかで、目がとろんとしていて、行動もおかしいので、ちゃんと答えてくれへんかもわからん(施設のスタッフが記者の質問に答えているときに、記者席にすわって、「そんなことはない。今後はうまくやる」とか答えていた)。
理事長だけでなく、古今東西の独裁者は、みんな自分の「気色のええこと」を強要するもんや(ヒットラーが、障害者を撲滅する法律を作ったんも、「気色が悪い」もんを見たくないということやろ。ユダヤ人の大量虐殺も、そこから出た)。
人間は、えらそうにゆうても、自分の感覚に支配されているような気がする。
ところで、スーパーなどで、お釣を渡されるとき、手の甲を触られることあるやろ。
あれも戦略やろか。経営者側は、スタッフを社員教育するときに、「スケベな客を取りこむために」とゆう不純な動機を隠して、「お釣を落とさせないように」、そっと触れなさいと教えているのやろか。ぼくぐらいになると、どうもミニスカートと同じ戦略が隠されているような気がする。
そんな教育を受けているくせに、ぼくの手の平から5,6センチ離して、お釣を落す娘もいる(わしゃ賽銭箱か)。
他人の体(特におっさんの)に触れたくないとゆうのも感覚や。
とにかくスーパーに行ったときは、手の汗を拭いてレジに並ぶことにしよう。