シーラじいさん見聞録

   

ミラたちは急いだ。数時間休むことなく進んだ。「あそこだ!」弟は叫んだ。遠くに黒い点が見える。あまり大きくない島のようだ。
近づくと、「来てくれたぞ」弟は大きな声を上げた。残っていた3頭のクジラは喜んだ。「おにいちゃんはどうだ?」
「だんだん弱っている。最初は、『大丈夫だ』と言っていたが、今は、声をかけても、何も返事がない。聞こえているかどうかもわからないんだ」1頭が苦しそうに答えた。
弟は、「お兄ちゃん、もう少しがんばってくれ」と叫んだ。
お兄さんの体は太陽の光で光っていた。このままでは乾いて危険だ。
どうしてこんなことになったのだろう。ミラは潜って調べた。海に隠されている浅瀬が狭く、急激に島がはじまっているので、お兄さんはそのまま乗りあげてしまったようだ。
自分たちがいるところからお兄さんがいる場所までは20メートルぐいらいだ。
そして、幸いなことに、この島にはニンゲンは住んでいないように思われた。
「ぼくらの体は乾くと生命の危険がある。まず体を濡らしておかなければならない」ミラは言った。まず自分がやってみた。
噴気するとき、体を垂直に上げて、お兄さんのほうに向けるのだ。お兄さんの体にはたっぷり水がかかった。お兄さんは、体をぶるっと震わせた。
「お兄ちゃん!」弟は声をかけた。
「よし、やろう」誰かの声で、交替で水をかけはじめた。
ミラは、次どうするべきか考えた。
自分の力では海に戻ることはできないだろう。それなら横から体にぶつけたらどうか。
そうすれば、その勢いで頭が海に向くと、坂になっている浅瀬を下り、海に戻れるかもしれない。
ミラはみんなに説明した。「きみは大丈夫か」弟が心配した。
「ぼくは訓練を受けている。大丈夫だ」ミラは、そう答えて、もう一度状況を確認した。
お兄さんの頭は、崖の根元にある。それ以上は陸地に行かない。ただ、水がない場所にいるから、体を動かすと腹が陸地にこすれる。それが、さらに体力を消耗させるかもしれない。
それを頭に入れて、ミラは、どの場所に当たるか念入りに決めた。尾びれの根元では、そう力が加わらないだろう。しかし、頭近くでは動かないだろうし、自分も乗りあげてしまう恐れがある。
ミラは、浅瀬の幅が少ない左側から、思いっきり腹に当たることにした。
そして、2,300メートル離れた場所から、お兄さんめがけて突進した。
ドーンという音がしたかと思うと、お兄さんの体は左にふれ、ミラも、もんどりうったかと思うや、そのまま大きな音を立てて海に落ちた。
弟たちは、すぐにミラの様子を見るために駆けつけた。ミラは、意識を失ったように沈んでいった。弟たちは追いかけた。
ようやく、意識を取りもどしたように、体を反転して海面に戻ってきた。みんな声をかけた。
「大丈夫だ。お兄さんは動いたか」
「動いた」
確かめると、30度近くは海のほうに向きを変えていた。しかし、血が溢れだしている。
それが、流れとなって、海に注いでいる。
「腹をこすったようだ」
「きみも、血が出ているぞ!」ミラの背中や腹からも血が流れでていた。
「今度はぼくがやる」弟は言った。
「いや、ぶつかる寸前に当たる角度を決めなければならないんだ。まちがうと、きみもお兄さんと同じことになる。お兄さんの様子を見ながら、ぼくがもう一度やるよ」
しばらくすると、「ミラ!」という声が海面で聞えた。弟たちは、また水をかけはじめたので、その声は聞こていなかった。
「ああ、ペルセウス!」
「どうしたんだ?こんなにけがをして」ミラは事情を話した。
「そうだったのか」
「シーラじいさんは心配しているだろう?」
「もう電波には引っかからないはずだと言っていたが、おれがちょっと見てきますと出てきたんだ。ここのお坊ちゃまたちがひっかかったというわけか」
「ぼくを助けてやろうとしてくれたんだ。それに、クラーケンがいるようだ」
「まだいるのか?」
「多分。ニンゲンが追いかけていたから」
「リゲルたちを呼んでこようか」
「そうしてくれ」ペルセウスはすぐに戻った。
ミラは弟たちのほうに行った。「かなり弱っている」弟が言った。
「そうか。体当たりするのは、もう少し様子を見てからにしよう」
遠くでヘリコプターの音が聞こえる。こちらに来なければいいがと思いながら、音のほうを見あげた。
弟たちが休むことなく水をかけので、お兄さんは少し体が動くが、声に反応することはなかった。
ようやくリゲルたちが来た。弟は何が起きているのかわからなかったが、「仲間だ。お兄さんを助けるために、ぼくが呼んだ」と言った。
「シーラじいさんもこちらに向かっている。ペルセウスから聞いたけど、乗りあげてしまったんだな」リゲルは聞いた。
「そうだ。ぼくを助けてくれたので、何とか助けたいが、だんだん弱っている」
そして、ミラが行った救出作戦を説明した。
「今ヘリコプターの音がしたので、シリウスたちを、囮(おとり)として、ここから反対のほうへ行かせた」
「そうか。それはありがたい」
「今ペルセウスが近くまで行ったが、死んでいるかもしれないそうだ」
「もう一度、体当たりしてみる」

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