シーラじいさん見聞録

   

「ぼくらはあまり遠くまで行かないんだ」弟は言った。
「方向さえ教えてくれたら自分で探すよ」ミラが答えた。
「兄さんに任せておけば大丈夫だよ。パパには後で言えば怒りはしない。兄さんのことを信頼しているから」
「でも、クラーケンがいるかもしれないよ」
「クラーケン?」
「最近、大勢集まって動いているのを見かけないか」
「あまり見ないが、それがどうした?」
「そいつらがクラーケンだ」
「何をしているんだい?」
「ニンゲンを攻撃している」
「ニンゲンって?」
「ほら、あそこいる船に乗っている」
「ああ、あの小さいものか。ニンゲンは悪いものか」
「そう思っているらしいんだ。クラーケンたちは気が荒くなっているから、気をつけろよ」
「みんなに言っておく」
お兄さんは動きだした。みんなついてった。
お兄さんは一気に潜ると、西に向かって進んだ。しばらく行くと、方向を変えことが増えてきた。島があるのだ。
以前、ぼくとリゲルの方向感覚が狂ったときも、島を避けるために何回も方向を変えたことで、よけいに方向がわからなくなってしまった。
お兄さんは、速度を緩め、「ここで休もう」と言った。
「もう少しだよ。パパやママが待っていたらいいね」弟はやさしかった。
「ありがとう。でも、ここからもっと危険になるから、行かないほうがいいよ」
「でも、きみは、そこでおかしくなったのだろう?みんながいれば大丈夫だから、ついていってやるよ」
「おい、すごいことになっているぜ」あたりの様子を見にいっていたものが、興奮しながら帰ってきた。
みんなで海面から様子を見た。ものすごい数の船が見える。空には数十機のヘリコプターが爆音を立てながら旋回している。
「すごいな。どうしたんだろう?」弟が聞いた。
「多分、地中海にいたクラーケンを見つけたのだろう」
「これから何をするんだ?」
「わからない。殺しはしないと思うが」
「もう少し様子を見ようぜ」誰かが言った。
「ここは早く離れたほうがいい。クラーケンがどこへ逃げるかわからないから」
みんな了解した。しばらく進んでいると、何かが近づいてくるようだった。それも、かなりの数だ。
「何か来るぞ!」
「クラーケンだ!」
そうなれば、船やヘリコプターだけでなく、センスイカンも来るだろう。「みんな、急げ」ミラは叫んだ。
「前に何かいる」この音はセンスイカンだ。
「別々に逃げろ」ミラが叫ぶやいなや、鋭い音が聞こえた。
ミラはすぐに上に向かり、大きく旋回してから、元の場所に戻った。静かだ。みんなはいなくなっていた。
うまく逃げてくれたか、そう思っていると、遠くで何か不規則な動きを感じた。ミラはそちらに向かった。
激しく動いているものがいる。「もしかして」と思って近づくと、いっしょにきた仲間だ。
動くたびに、腹から血が溢れているのが見えた。
「どうした!」
「急に前に進めなくなった」泣きそうな声だ。
「今、撃たれたんだな。でも、かすっただけのようのだから、しばらく辛抱すれば大丈夫だ」
みんな戻ってきたので、ミラは状況を話した。「ぼくらは、クラーケンとまちがえられたと思う。ここは危険だ。ぼくらがどこにいるか、ニンゲンはすぐにわかる」
弟たちは、黙って顔を見合わせるだけだった。
「早く戻れ。ぼくは大丈夫だから」ミラはきつく言った。
「わかった。もうもうこれ以上きみに迷惑をかけるわけにはいかない」兄は、経験不足を認めざるをえないようだった
「みんなのやさしさは忘れません」ミラはなぐさめるように声をかけた。
「また会おう」弟も応えた。
真っ青な地中海で楽しい生活を送る仲間に迷惑をかけたことを詫びながら、ミラは振りかえりながら去っていく弟たちを見送った。
シーラじいさんたちは心配しているだろう。点在する島の情報を集めながら、戻ることにした。
ヘリコプターはかなり上を飛んでいる。クラーケンは姿を消したのだろう。
3時間近く進んだ。
やがて、コンニチハ、コンニチハという声が聞こえてきた。
コンニチハ?まさかと思いつつ、動きを止めた。そして、海面に出て、何回も噴気を上げた。
しばらくすると、何かが近づいてくる。ミラは待ちかまえた。あの弟か!
案の定、弟と2頭の仲間だった。
「どうしたんだ?」
「探したよ。助けてくれないか」
「何かあったのか?」
「お兄ちゃんが浅瀬に乗りあげてしまった」
「まさか?」
「お兄ちゃんは先頭を進んでいたけど、体がうまく動かせなくなってしまった。
あわててお兄ちゃんを止めて、ぼくらが前を泳いだけど、すぐにどこかへ行ってしまうんだ。
そのうち、姿が見えなくなったので、探していたが、島の浅瀬に乗りあげているのを見つけた。
最初は、自分でも戻ろうとしたけど、だんだん体が言うことを聞かなくなってしまった。
それで、ぼくは、センスイカンでもクラーケンでも、何がいてもかまわないと思って、きみを探すために戻ってきたんだ。でも、こんなに早く会えるとは!」
「そうか。みんなで戻るとき、センスイカンに出くわさなかったか?」
「出会った。それで、ぼくらはすぐに逃げた」
「お兄さんは、センスイカンからの電波でおかしくなったかもしれない。すぐに行こう」

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