シーラじいさん見聞録

   

オリオンが動こうとしたとき、弟が近づいてきた。「もう止めてくれ。お兄ちゃんはもう生きていない。きみの気持はわかるが、きみに何かあれば困る。仲間もそう思うだろう」
「海に戻れば生きかえるかもしれない、仲間も助けてくれるから」
「いや、だめだ。きみの気持はありがたいが、ずっと水をかけているが、もう動かない。それに、きみはひどくけがをしている」弟は泣きそうな声で言った。
ミラは言葉を出そうとしたとき、遠くでヘリコプターの音が聞こえてきた。そして、だんだん大きくなってくるようだ。
「こっちに来るぞ!」リゲルが叫んだ。弟たちも、今やそれが何を意味するのか分かっていた。
「ありがとう。きみらにお礼をすることもなく別れてしまうのは残念だ。気をつけて行ってくれ」弟はミラたちを急がせた。
「きみらも気をつけて。それじゃ、また」ミラも答えた。
ヘリコプターの音はどんどん大きくなってきた。まっすぐこちらに近づいてきている。
ミラたちと弟たちはすぐに潜り別れた、お兄さんを残して。

ダニエル・ブラウンとレストランで食事をした翌日、アントニスとイリアスが海の様子を見ているとき、2羽のカモメが近くに下りてきた。
「来てくれたよ!」イリアスが叫んだ。カモメはうれしそうに鳴いた。
「待っていたよ。「仲間が増えたかい?」カモメは、意味がわかったようで、大きくうなずいた。
「しかし、オリオンの居場所はまではわからないんだな」カモメはうなずく。
「シーラじいさんたちはこの近くに来るはずなんだ。もし見つけたら、手紙を頼むよ。
ぼくらは、この近くの屋根が赤いアパートの5階にいる。何かあれば、前と同じように窓を叩いてくれないか、いつでもいいから」カモメはうなずき、大西洋のほうに向かった。
「みんなでオリオンがいる場所に近づいているね」イリアスはうれしそうに言った。
10日後、ダニエルから連絡があった。「急に帰国するように本社から連絡があって、帰っていたんだ。アメリカはすごいことになっていたんでね」
「ニュースで知っている。まるで監獄のようだと書いてあった」
「そうなんだ。クジラやサメ、イルカまでが、海岸で人間を威嚇をするんだから。ハワイなんか観光客が激減している。
でも、きみらのことが気になって、もう一度フランスに行かせてくれと頼んだよ」ブラウンは笑った。
「きみが見えなくなってどうしたんだろうと心配していたんだ。仕事が落ちついたら、食事をしないか。今度はぼくがごちそうするから」アントニスもうれしかった。
「いいねえ。今晩でもいいよ」
「よし、この前のレストランで」
電話を切った後、アントニスは、イリアスに、「今晩、ダニエルと食事に行く約束をしたが、あのアメリカ人は、ぼくらの仲間になってくれるだろうか?」と聞いた。
「大丈夫と思う。この前は、ずっと動物の心配をしていたから悪い人じゃないよ」
「そうだな。それじゃ、様子を見ながら話すよ」
アントニスは予約をして、2人は早めに向かった。ダニエルは午後7時ちょうどに来た。
そして、イリアスに、ディズニーランドのみやげを持ってきてくれた。
「このままでは、10年後には経済が衰退して、人類は徐々に絶滅に向かうのではないかという予測がある」
「特にアフリカはひどいらしいね」
「漁業ができないのでね。魚を、高い価格で輸入している。それに、鳥インフルエンザのワクチンも増産してもおっつかない。パンデミックにでもなれば、何億という人間が死亡するかもしれない」
「きみは、こんなことになったのは、何かの意思があるようだと言っていたな」アントニスは水を向けた。
「そうだ」
「神の意志か?」
「信仰しているものはそう思っているかもしれないが、ぼくは、別の意志があるように思う」
「それは?」
「よくわからないが、一言で言えば、自然の意志だ」
「温暖化などが原因で?」
「それもあると思う。各国の海洋学者、生物学者、医学者、気象学者などが協力して、原因を突きとめようとしているが、これだけの規模だ、すぐに解明できるがどうかわからない。
とにかく、牛や豚のインフルエンザが蔓延すればすべて処分するように、海の大型生物をすべて処分せよという意見が高まりつつある。とりあえず攻撃してくるものから処分するようだ」
「それについてはどう思う?」
「ぼくは反対だ。ずっとそう言いつづけてきた。そんなことをすれば、今以上に人間の生存環境が悪くなる」
「ぼくもそう思う。ニンゲンを襲う意志があるけど、その反面、ニンゲンを守ろうという意志もあるように思うのだけが」
「人間を守る意思!それはおもしろい考えだな」
「それについて話してもいいかい?」
「言ってくれ」
アントニスはあたりを見た。隣のテーブルは誰もいないので、そう大きな声を出さないかぎり聞かれない。
「実は、『オリオンとイリアス』は、このイリアスが書いたんだ。そして、ぼくの息子ではなく、ぼくの甥なんだ」
「最初からそう思っていたよ」
アントニスは、もう一度まわりを見た。

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