シーラじいさん見聞録

   

「あの物語の前半は事実なのだが、後半はイリアスが考えたものだ」アントニスがそう言うと、ダニエルは、すかさず「イリアスがオリオンを助けたことか?」と聞いた。
「そうだ。オリオンは、男たちに連れさられた後、まだ行方がわからないんだ」
「どこへ行ったのだろうか、そして、なぜ?」ダニエルは、物語に入りこんだようにつぶやいた。
「それで、ぼくらはずっとオリオンを探しているんだ。最初はクレタ島の海洋研究所にいたが、1月ほど前、ヨーロッパのどこかに連れていかれたんだ」
「そこまでわかっているのか?」
「そうだ。まちがいない」
アントニスは、これからどう話をしていこうか迷った。
そのとき、「オリオンという名前はきみがつけたのかい?」ダニエルは、イリアスに英語で聞いた。
「いや、ちがうよ。自分でそう言ったんだ」イリアスも英語で答えた。
ダニエルは笑顔を見せた。イリアスに英語が通じなかったのかもしれないと思ったのだ。
「オリオンは、『ぼくの名前はオリオンです』と自己紹介した」イリアスはもう一度言った。
ダニエルはアントニスを見た。アントニスは少し考えるような顔をしたが、「いつかは言わなければならないと思っていたので、今言うよ」アントニスは言った。
ダニエルはうなずいた。「イリアスが言ったとおり、オリオンというイルカは英語を話す。しかも、流暢な英語だ。ぼくよりうまい」
ダニエルは途方にくれた顔をした。
「ぼくらの話を信じてほしい」アントニスは絞りだすような声で言った。
「もちろん信じているよ。とにかく、、オリオンを見つけなくてはいけないな」ダニエルは話を変えた。
「きみらの本は、世界中で何百万部と売れている。きみらのファンを味方にすれば、すぐにわかるんじゃないか」
「それはできないと思う」
「どうして?」
「今暴れているクラーケンがあまりにもニンゲンのことを知っているから、どこかの国が海の生き物を操っているかもしれないと、お互いが疑心暗鬼になっているのは、きみも知っている通りだ。
だから、オリオンをどこかに隠して、体内に何か入れているのではないかと調べているのだ。
ぼくらが、それを言ったところで、オリオンがどこにいるか誰も知らないよ。捕まえた国の政府を除いて」
「すると、オリオンが英語を話すことをどこかの国は知っていたんだね?」
「そうだ。ぼくらが、ある店で話してしまった。それを聞いたものがいる」
「そうだったのか。それについてはまた聞くよ。ところで、さっきクレタ島の海洋研究所とか言っていたね?」
「そうだ。ぼくはそこに忍びこんで捕まったことがある。昔は、純粋に海洋を研究する施設だったが、ギリシャだけでなく、アメリカやヨーロッパの軍人がいた」
「すると、今度のことは、人間と海の生き物の戦いだと思っていたが、人間と人間、国と国の戦いかも知れないということか?」
「いや、そうとも言いきれないが」アントニスは唇をかんだ。

リゲルたちは注意しながら西に進んだ。ようやくジブラルタル海峡まで100キロぐらいになった。以前、リゲルとミラが全く方向がわからなくなったのはこのあたりからだ。
さらに、船やセンスイカン、ヘリコプターが常に行き来している。センスイカンからも、電波が出ているだろう。
リゲルは仲間を集めて、「気づかぬうちに体がおかしくなってくるぞ。センスイカンの音がすれば、すぐに逃げろ」と注意した。
しかし、このままでは、地中海を出られないことは、リゲルが一番知っていた。
シーラじいさんが追いついてくると、「お兄さんのことで、以前より警戒が強くなっているようです。
このままでは、前にもいけない。下がることもできない。さらに、とどまるともできないという状況が続きます。そろそろ何らかの作戦を取らざるをえないように思います」と言った。
「おれにはバリアは効かないから、おれにについてきてくれたら絶対に成功する」ペルセウスは持論を述べた。
「そうしかできないじゃろ。だが、海峡はあまりにも狭いから、おまえたちを、網に追いこんだようにして、攻撃するのはまちがいない。
そのときには、どういう作戦を取るかえお、今のうちに確認しておくべきじゃ」
みんなは、いよいよその時が近づいたことを実感した。
すぐに訓練を開始した。仲間から距離を置き、しかし、仲間かがどこにいるか確認しあうのが作戦の基本だ。
さらに、誰かが、方向感覚を狂わせたら、どう対処するかという訓練も重要だ。
リゲルは、船やヘリコプターは数がどんどん増えてきた。2,3日で突破しようと決めた。
ミラは、1人で動いていた。どの方向からジブラルタル海峡に入るか、リゲルに調べるように言われていたのだ。
かなり深く潜ったとき、どうも何か聞こえるような気がした。センスイカンなら、すぐに離れようと思った。
「大事の前の小事」ということを、シーラじいさんから聞いていたのだ。
まずぼくらの無事を一番に考えるシーラじいさんのためにも、この作戦は絶対に成功させなければならない。そう考えたとき、音は近づいてきた。

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