シーラじいさん見聞録

   

「クラーケンの部下がきみらを襲うおそれは十分にある。やつらはこの近辺に来ているし、実際、クラーケンと行動をともにしている仲間がいるじゃないか。
もし襲撃してくれば、きみらが中心となって社会を守らなければならないんだ。ここにいてくれないと、ぼくらも困るんだ」オリオンは、そのシャチを慰めた。
そのシャチはにこっと笑って、「そうだな。敵を迎えうつことに関しては、ぼくらは自信がある」と答えた。
「しかし、そいつらがぼくらの3倍もあるのなら、油断をしてはいけないな」からかったシャチも真剣な口調で言った。
オリオンは、リゲルが戻ってきたら、みんなで訓練をしようと提案した。シャチの若者は喜んだ。
数日後、オリオンがみんなが集まる場所にいると、「オリオン!」という声が聞こえた。リゲルだ。リゲルが帰ってきたのだ。
「リゲル!」オリオンもリゲルに向った。2人は体をぶつけて喜んだ。
「リゲル、お帰り」
「心配かけたな、オリオン」
「もう大丈夫なんだな?」
「大丈夫だ。でも、『海の中の海』での訓練をおさらいしたいよ」
「ぼくが相手してやるよ」
「頼む」
そして、オリオンは、シャチの若者との約束を話した。
「みんな『海の中の海』の死闘を聞いてものすごく興奮しているよ。そして、きみがあの作戦を率いたと聞いて、きみが戻ってくることを待っているんだ」
「そうか。期待を裏切らないように早く訓練開始といこうか。でも、その前にシーラじいさんやみんなに会いたんだが?」
「シーラじいさんは下にいるが、みんなはどこにいるかわからないんだ」
「えっ?」
「ミラでも、1日に1回は顔を見せていたが、この数日見ていない」
「何かあったのか」
「それはないだろう。多分、きみがもうすぐ戻ってくることを聞いて、あちこち見ているのじゃないかな」
「それならいいが」
「ところで、お兄さんは?」オリオンが聞いた。
「お兄さんも訓練を終えて、家族の元に戻ったよ。あとは家族といっしょにいれば元通りになるそうだ」
「よかった。それじゃ、シーラじいさんに会いにいこう」
オリオンはそこから一気に潜った。リゲルもついてきた。
「なんだかふわふわするよ。まだ力の入れ具合がわからない」リゲルはそう言いながらも、どんどん潜っていった。
「シーラじいさん!」2人は信号を送りながら大きな岩に向った。
しばらくすると岩の間に二つの青い光が見えた。シーラじいさんだ。
「シーラじいさん、戻ってきました」リゲルは挨拶をした。
「後遺症もなくてよかった。お兄さんはどうした?」リゲルが説明した。
「それはよかった。それじゃ、いつでも出発することができる」
「今度はどこへ向うのですか?」オリオンが聞いた。
「一度『海の中の海』に戻ろうと思っている」
2人は顔を見合わせた。「そうですか」
「クラーケンの企みが、わしらではどうすることもできないほどになっている。
おまえたちは大きな仕事をした。世界で一番強いシャチに大きな影響を与えた。これは大きな成果じゃ。
『海の中の海』に戻って、情報をもっと分析しなければならない。断片的なことに振りまされたのでは、すべてが無駄な努力に終ってしまう」
シーラじいさんは、相手を寄せつけない口調で言った。
「わかりました」二人は同時に言った。
オリオンは、若者との約束について話した。「それはかまいませんか」
「それはけっこうなことじゃ。若者も勉強になる。ところで、ミラたちはどうした?」
オリオンが説明した。そして、みんなに、いったん「海の中の海」に戻ることを話すと言った。
2人は、海面まで戻り、訓練をした。リゲルは、1時間もすると元通りに動けるようになった。
翌日、大勢の若者が来た。すでにリゲルが戻ってきていることは知っていたようだ。
同じシャチでも、社会がちがう者を間近に見ることはなかったが、若者は、尊敬の念をもって挨拶した。
リゲルも、訓練の前に挨拶をすることになった。
「世界や社会については、シーラじいさんの話で理解できたと思う。ここでは、クラーケンが攻めてきたときの作戦について話そうと思う」
若者は、体をぐっと乗りだした。「まず、作戦の目的は何かを忘れないでいただきたい」と釘を刺して、クラーケンの部下の様子や「海の中の海」での戦いを話した。
「しかし、ここは広い海が広がっているだけだから、『海の中の海』のようには戦えない。
あなたたちは、当然ぼくも、世界に敵なしというプライドをもっていますが、相手は、この世のものではないと思わなければなりません。
一頭を執拗に追いかけていては、社会を守ることはできません」
そして、訓練をはじめた。最初、クラーケンの部下一頭に、シャチの若者が2,3頭で向っていくことには抵抗があるようだったが、リゲルもオリオンも、その訓練を何回もやらせた。
「そうだ。正面の者は下から相手の顔を突きあげろ。相手が怒れば、後ろは無防備になる。そこを噛みつけ」、「とにかく相手をひるませろ」
訓練は一日続いた。若者は、自分たちで工夫して、あらゆる状況を想定した作戦を考えた。

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