悪口

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「悪口」
前回、「エコ・ライフ」みたいに、言葉と言葉の間に「・」を入れることはけったいやとゆうた。
言葉がものゆうたら(ややこしい)、「あんたは、誰にでもついいてゆく形容詞。わたしは一国一城の名詞。格がちがうんやから近づかんといて。あっ、近づかんといてゆうたやろ、みんなが見ているやんか、もー!それなら、入れんように、・つけといたろ」てなもんやろ。
そして、名詞の親分のぼくらも、読み手にわかりやすくとゆうより、「わしは、エコとライフは別の言葉やとゆうことを知っているで」とみせびらかすために、・をつける(三半規管だけは、三・半規管でもええ。あれは、三つの半規管ゆうことなんやてな。この前はテレビでゆうてた)。
そうして、その根性が世間に蔓延して、ぼくらは、・より中に入るもんを許さへんようになったんや。
その結果、せこせこ、ちまちました生活を送っているとゆうわけや。
家族が自分の子供や親を虐待する事件や、「誰でもよかった」事件は、「わしの・の中に入ったやつは許さんへん」が原因かもわからん。
そこまでいかへんでも、自分の・の中に入ったもんの悪口をゆうもんがいる。
せやけど、悪口ぐらい複雑なもんはないで(ちょめちょめの山城新伍は、元巨人で、大リーグに行った上原について、「あんな歯茎しとったらあかんで。ええ医者紹介したろか」などとゆうていたけど、「いらんことゆい」は単純なもんや。その山城も、認知症らしいけど、どこぞの誰かが、いらんことゆうているのかな)。
「嫌い、嫌いも好きのうち」とゆうけど、「好きのうち」どころか、一番好きやから、悪口ゆうのとちがうか。
北朝鮮は、「東京に核ミサイルぶちこんだろか」と脅すけど、ほんまは日本が大好きや。お金を送ってくれる同国人もいっぱいいるし、ディズニーランドもある。
せやけど、気持ちをわかってくれへんから、日本がぞっこんのアメリカに、何とかゆうてえなとなる。
ぼくも、高校のとき、悪口ゆうたりつんけんしていても、ほんまは好きで好きでたまらん女の子がいてな。45,6年前のことやけど、今でも涙が出てくるわ。なんでちゃんとゆわんかったんやろ。
とにかく、悪口ゆわれても、何を!となったらあかん。悪口をゆう原因は自分が好きやからやと思えるぐらいの余裕を持つことや。
手遅れやとゆわれるかもしれんけど、今日(きょうび)、70、80でも、腹立ちまぎれで人を殺すやつがいるから、老後の心得や(そんな年で刑務所に入るのは、この世の地獄やで)。
せやけど、悪口は、ストレス解消に役に立つ。特にテレビに出ているタレント、政治家、コメンテーターなんかを批評すると酒もうまい(特にニュースキャスターが、久米宏の影響かもしれんけど、ニュースの後、いろいろしゃべるやろ。後説(あとせつ)とゆらしいけど、あれは、みんな腹が立つらしいな。何が「これはですね・・・」や。知ったかぶりしやがってとなる)
まあ、悪口は、わさびみたいなもんやな。ないと頼んないけど、つけすぎると頭と口がおかしくなる。

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