失踪

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(168)
「失踪」
通りは少し暗くなってきた。足早に行き交う人々も影法師になっていく。
それにつれて、影法師の動きも早くなっていく。
その少年は腕に巻いた時計を見ようとした。日ごろは時計をつけることはないのですぐには確認することができなかった。
左手でセーターをたくしあげて時計を明かりのそばにもっていった。
5時34分。それから、店の看板をもう一度見た。「営業は6時から11時まで」と書いてある。それはすでに数回見ていた。
学校の行事が多くそれがすんでから急いで駅に向かい、電車に40分乗ってここに来たのだった。
駅で30分も電車を待ったので、「電車の時刻をちゃんと調べておくべきだった」と後悔した。
店の前には何度も行ったのでそのことは分かっていたが、もう一度見たのだった。また「どうしようか」と思ったが、店に入る客はまだいないことを確認した。
そのまま店の前に立っていたが、「せっかく来たのだから入ろう」と自分に言い聞かせて、店の戸を開けて、こんばんは」と挨拶した。
「いらっしゃい」と大きな声が聞こえた。店はそんなに大きくなく、カウンターと呼ばれるものが料理をする場所のまわりにあった。10人も座れるかどうかしかなかった。
2,3人が料理をしてた。一人が顔を上げて、「いらっしゃい」ともう一度言った。同じ声だ。その人は50代ぐらいで、少年を見て驚いた顔をした。
それから、「ど、どうしたんですか?」とあわてているが妙に丁寧に聞いた。
少年は恐縮して、「すみません。少しお聞きしたことがあります」と答えた。
男の人は少し落ちついて、「どこに行きたいんだね」と聞いた。
「いや。昔私の父がこの店に来てから行方不明になったのですが、そのときのことを少しお聞きしたのです」とはっきりした声で言った。
「行方不明?」
「4年前の10月28日のことです」
「4年前?ああ、そんなことがあったな。しばらく警察が来ていたな。あれはきみのお父さんか。まだ見つからないのか?」
「そうです。今までは警察からも連絡が来ないのでどうしたらいいのかわからないのです。子供なら新聞に出るでしょうが、40過ぎの大人なのかもう誰も忘れてしまっています。
近所や親戚の者も気を使って父のことを話題に出さないので家族はよけい辛いのです」
主人らしき男の人は中学生ぐらいの少年が言うことを聞いて少しばつが悪くなったようだった。
「とにかくあのときは忙しくてよく覚えていないんだよ。警察にはそのように言った気がする。申しわけないが」
「店を出るときのことを教えてもらえたらと思ってきたのですが、忙しいときにすみません」
そのとき女の人が奥から出てきた。「どうしたの?」と主人に聞いた。
「実は・・・」と少年が来た理由を話した。「あのときの」と女の人は思い出したようだった。
「あなたのお母さんは一度来られたわね。満足できるようなことはお話できずに申しわけなかったわ。お母さんは元気?」
「はい。元気です。でも、父が帰ってこないのでいつも悲しそうな顔をしています」
「そう。それは気の毒ね。私たちは何もできないけど早く帰ってこられるのを祈っていますよ」
「ありがとうございます」
店の戸が開いた。40代の男の人が入ってきた。「ママ、遅くなった。でも、山田のやつがかなり遅くなるそうなので先に来たんだ。おみやげにケーキをもってきたからね」
「いつもありがとうございます」
「この子は?」客は場違いの少年について聞いた。
「いや。少し聞きたいことがあるというので」ママと言われた女の人は少し困ったように言った。
「パパがどのくらい来ているか知りたいのか」客の男は少年をからかうように言った。
「いえ」少年も少し困ったようだった。
ママは覚悟を決めたようにほんとのことを言った。
「あっ、あのときの」客は大きな声を上げた。
「藤本さん、何か知っているの?」ママも大きな声で言った。
「おれはあの時いたんだよ。あの人にまちがいない」
「そうだったの!」
「ニュースで見た人相と同じだったから。かなりニュースになったものなあ。それにこの店にも警察が来たことを聞いていたので、しばらくここに来なかった」
「そう」
「おれは見たんだよ!」客は大きな声を出した。まだ他の客が来ていなので主人も、若い従業員もその客を見た。

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