雲の上の物語

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとはヘンな童話100選」の(15)

「雲の上の物語」(1)
「新入りか?」
彼が一息入れていると、背後から声が聞こえました。
振りむくと、身なりの立派なものが彼を見ていました。寒いはずなのに、堂々たる様子です。茶色の服は高そうです。きっと暖かいのでしょう。
「今日からお世話になります。よろしくお願いします」彼は挨拶をしました。
「しかし、そんな格好でよくここまで来られたものだ」その紳士はあきれたように言いました。
「がむしゃらに動いていると、ここまで来たのです」
「まあ、ゆっくりしていきなさい」今度はやさしく言うと、一気に上に上がっていき、すぐに姿が見えなくなりました。
しばらくすると、また豪華な服を着たものが次々通りました。
しかし、彼をちらっと見るだけで、声もかけずにどこかへ行きました。友だちとくすっと笑うものもいます。
彼は、通りすぎるものの後姿を見ながら思いました。
「すごいなあ。最初の紳士はエルメスだったな。バーバリーやセリーヌ、ラルフローレン、クルニプスがいた。マリアフランチェスカはさすがにきれいだ。あっ、ヴィトンもいた。
今まで、雲の上の存在だったものがこんなに近くで見られるなんて。さすがにここは雲の上だ」彼は笑いだしました。我ながら気の利いたことを言ったと思ったのです。
そのとき、突然風が起こり、体が上に行ったかと思うと、また下に引きもどされて、気を失ってしまいました。
ようやく気がつき、あたりを見ると、風は止み、遠くに太陽が顔を出しているのが見えました。
「ああ、びっくりした。もう死んだかと思った。体が思うように動かせない。骨が折れたかも知れないぞ」今度は、口に出して言いました。
「どこかに休めるところがないかなあ。でも、こんなに高くまで伸びる木はないから、雲しかない。しかし、風でどこかに飛んでいってしまった」
彼は、いつも陽気で、くよくよしない性格ですが、だんだん元気がなくなっていきました。
「さっき見たものなら、どんなに寒くとも平気だろうし、風が強くてもあわてることはない。それにひきかえ、ぼくは、1本100円のビニール傘だから、寒さにも風にもそんなに耐えられない。地獄まで貧富の差はついてくるのか」彼は、そう言うと、自分のぺらぺらで透明な服を見ました。
涙が出てきました。しかし、涙はすぐに凍りつき、目が開けられなくなりました。
「ここでは泣くこともできないんだ」今度は絶望的な気分になりました。
「どうせ、身寄りのないビニール傘だ。しかも、忘れられたのではなく、雨が止んだから、もういいややと駅のゴミ箱の横に置いていかれたんだ。世の中の役に立たないものが生きていてもしょうがない」
彼は、そう言うと、あちこち痛い体をすぼめ、そのまま落ちていきました。
どんどん落ちていく途中に、体がガクッとなり、ふわっと浮く感覚がありました。
彼は、目を開き、自分を見ました。体の半分が少し開いていました。
体が痛くて、完全にすぼめることができないので、そこから風が入ったようです。
ここはどこだろうと見下ろすと、山や海がすぐ下にありました。とてもきれい風景が広がっていました。
そのとき、また声が聞こえました。
「ずいぶん楽しそうじゃないか。ぼくも仲間に入れてくれよ」
声のほうを見ると、真っ黒な傘でした。

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