イメージ(2)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「イメージ」(2)
「ヨーロッパに亡霊が出る」(共産党宣言)ゆうたんは、マルクスとエンゲルスやけど、「イメージ」も亡霊のようなとこがある。まずイメージは、本人がいないところにあらわれる。噂やな。「あそこのご主人、ミナミで見たで~。若い娘(こ)と手をつないでええ調子で歩いてはったわ」とかではじまる(それは、人違いかもわからんし、「火のないところに煙は立たん」かもわからん)。
イメージゆうたら、タレントはイメージが命や。芦川いずみや吉永小百合らの清純スターは、朝起きたときも化粧しているし、足を踏まれても、にこにこしているようや(ぼくは、和泉雅子が好きやったけど、今は清純スターゆうより先住民族みたいになっているけど)。
悪役もそうや。山形勲や江見俊太郎は、いつでも賄賂をもらったり、かよわい娘の帯をくるくるはずさんとあかん。
昔は、タレントのイメージは、私生活には関係なくて、いわゆる銀幕上のことやったけど、テレビ時代は、基本的に私生活が中心になる。「好きなタレント」とか「抱かれたくない芸能人」とは、みんなイメージやろ(せやけど、「抱かれたくない・・・」とは、えげつない言葉が平気で使われるようになったもんや。「頭にくる」ゆうのも、ほんまは秘事のことや)。
柏原芳恵が、カバンに、あんなこけしを入れていたとか、B`zの稲葉が、ATMを使うたあと、捨てた明細書を見たら、10億円が残っていたとか、イメージが、噂を作っていくこともある。
せやけど、普通のもんは(ぼくもそうやけど)、「ケチや」ゆうイメージがつくことは、人間性が否定されたと思うことがある(それがひどくなると、逆に、「いつでも金を出して。ほんま、ええカッコしいや」ゆうイメージがつくこともある)。
ケチのイメージは、吉田義男(牛若丸とゆわれていた吉田は、子供のときファンやった。「背番号23」は憧れやった)と、桂文珍やろ。
吉田は、タバコの一本一本に番号を書いているとかゆわれているけど、他の監督が、がんばった選手に小遣いをやるらしいが、そうゆうことをせんかったんやろ(ところで、星野は、脳梗塞で監督はでけんゆうていたけど、「ジャパン」では張りきっている。なんでやろ)。
文珍も、弟子と電車に乗るとき、弟子の切符代180円も出さんらしいとかゆわれているけど(本人は、セスナだけでなく、ハーレイに乗っているから、電車には乗らんやろ)。
それも、桂ざこばは、ようゆうていたけど、落語家のくせに、「えらいさん」と対等に話をしているのが気に食わんゆうことやったんやろ。確かに評論家などの意見に、「ちょいと」補足しますと・・・などとゆうていたから、同業や視聴者から反発を食らったか(今は、ざこばが、そうゆう番組に出ているけど、「借りてきた猫」状態やけどな)。
つまり、イメージは、神さんが決めたような、客観的なもんではない。まわりの人間の悪意や妬み、からかいなどから作られる。

 -